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締切り済みの質問

昔の異常な高気温について

 今年(2018年)の夏は異常な暑さが続いていて、40度超えも発生しています。よく「昔の夏はもっと涼しかった」と聞きますが、例えば江戸時代の夏の気温はどのくらいだったのでしょうか。今のような高気圧が二重になってしまったら同様に40度近くなると思うのですが、エアコンもない時代にそんな暑さになったらどう過ごしていたのでしょうか。
 江戸時代の最高気温はせいぜい30度くらいだったと聞いたこともありますが、実際のところを知りたいです。
 よろしくお願いします。

投稿日時 - 2018-07-21 09:19:37

QNo.9520285

困ってます

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回答(4)

ANo.4

>例えば江戸時代の夏の気温はどのくらいだったのでしょうか。
平均気温として現在よりも1℃~2℃程度低かったと考えられています。
最高気温の違いは分かっていません。
実測値としては、長崎の出島にあったオランダ商館で1845年~1858年の間記録されていたのが残っていますがそれ以外の記録がありません。

>今のような高気圧が二重になってしまったら同様に40度近くなると思うのですが、
自然現象としては江戸時代にも同じような気圧配置が生じていてもおかしくはありませんが、世界的に江戸時代を通じて小氷河期と呼ばれる寒冷な気候であっただろうと言われています。
それ以降現在までは温暖期に入っていると言われています。
今年の異常高温は温暖期と気圧配置が重なった結果と考えますと、江戸時代にたとえ同じ気圧配置になっても今年のような異常高温にはならなかったのではないかと思われます。
江戸時代は幕府などによる公文書や個人による日記や浮世絵など記録が豊富にある時代です。
冷夏による飢饉や降雪に関するものは沢山ありますが夏の猛暑にかんするものが見受けられません。
つまり今年のような異常高温は無かったものと思われます。

>エアコンもない時代にそんな暑さになったらどう過ごしていたのでしょうか。
江戸時代の農家が厚い茅葺きで室内が薄暗くなるように作られていたのは、日中日差しの元で働き続ける人にとっては日陰がなによりのものだったことによります。
現代の出来るだけ室内に日が入るように作られている住宅とは基本的に考え方が違います。
更に天井を高くして風通しが良い構造にしていました。
京都などに残っている奥行きの深い細長い民家でも中央部分に小さな庭を設けて風の通りを確保していました。。
通りには打ち水をしていました。
出歩くさいには日除け用の笠をかぶっていました。
参考
意外に快適、日本民具の笠 日よけ・風通し抜群|くらし&ハウス ...
style.nikkei.com/article/DGXDZO57279640S3A710C1W02001

「夕涼み よくぞ男に 生まれける」という其角の句があるように服装は男性の方が暑さ対策では有利でした。
男性は褌一つで過ごすことができました。
但し、儀礼や体裁を重視する武士はいかに暑くても袴をはいてそれなりの服装をしている必用がありました。

暑さ対策は精々こんなものでした。
あとはあきらめてブッタオレていました。
とは言えできるだけ涼しい気分になるようにいろいろ工夫はしていました。
参考
エアコンなくてもこんなに涼しい! 江戸時代の夏の過ごし方がアイデア満載 ...
edo-g.com/blog/2016/06/summer.html

投稿日時 - 2018-07-21 12:29:39

ANo.3

日本家屋の構造は 屋根が大きく庇が張り出しています。
それは 夏の日差しは部屋まで届かず 冬の日差しは奥まで届くという形になっています。
庭には樹木が植えられて気温を下げる働きをします。
しかし庶民は長屋暮らしですから そうはいかない。
ひたすら我慢。冷たい井戸水を飲むぐらいでしょうか。

投稿日時 - 2018-07-21 11:53:40

ANo.2

>例えば江戸時代の夏の気温はどのくらいだったのでしょうか。

日本で初めて気温計測をしたのはどうも平賀源内だったようですが、彼はその気温の概念を「極寒、寒、冷、平、暖、暑、極暑」というもので残したようです。つまり数字の記録ではなかったということですね。
そんなもんですから、日本人は筆マメな民族なので天気がどうだったとかは誰かが日記に残していることがあるのですが、温度が数字で記録に残っていることはないんですね。幕末の幕府の軍艦では輸入品の温度計が使われていたようです。詳しくは分からないけれど、科学に強くて手先が器用な人が自家製で作ったものを除けば、江戸時代は国産品の温度計というのはなかったのではないかなと思います。

近年、南極の氷を調べることで地球の過去の気候変動を調べる研究が活発です。それによると、15世紀から18世紀にかけては世界的に小氷期と呼ばれるようなプチ氷河期になっていたようです。それを裏付けるように、17世紀頃はロンドンのテムズ川は冬になると凍ったそうですし、その頃のオランダの画家であるブリューゲルの作品を見ると、今のオランダに比べてかなり寒かったであろうことが推測できます。
そこから推測すれば、江戸時代(17世紀から18世紀くらい)は年間平均気温は今より低かっただろうと思われます。実際当時は冷害による飢饉というのがしばしば起きましたからね。

その前の10世紀くらいは、逆に全地球的に暖かったようです。北欧のバイキングが活躍した時期ですが、現在は荒れる海として有名な北海で彼らが縦横無尽に活躍したのは、ちょうどその時代が温暖期だったから。

しかしまあどのみち当時は地面はコンクリートやアスファルトじゃないですから、今ほど照り返さないのでそこまで熱はこもらなかったと思いますよ。現代の都会でも、皇居のすぐ近くとか新宿御苑や神宮の杜にいるとかなり暑さは落ち着きます。

投稿日時 - 2018-07-21 10:48:39

ANo.1

数百年前は世界的に「小氷河期」だったこともあり、江戸時代における夏の平均気温は、現代より2~3℃低かったといわれています。

アスファルト道路による照り返しもないので、現代より体感的にかなり涼しかったはず。

とはいえ、やはり夏は暑いので、江戸時代は基本的に一番暑い真昼間には働かず、比較的涼しい朝と夕方に働き、日没までには夕食を終えて夕涼みするという人も多かったんだとか。

よろしくお願いいたします!

投稿日時 - 2018-07-21 10:34:11