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解決済みの質問

権力者が当面の課題を解決して、その地位を降りたと

いう実例はありますか。現在長年責任を果たさずにいて大きな問題が噴出したとき、涼しい顔をして、当事者が当面の問題を解決したいとか言っている場合が多いようですが、歴史上の人物で責任を全うした人はいるのでしょうか。そもそも本物の権力者だったら大きな問題を抱えることになる前に適切な手を打っているとは思いますが…小さい例や身近に起こったことでも結構です。

投稿日時 - 2018-06-06 08:13:15

QNo.9505582

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

大企業の社長なら割とあります。

しかし歴史上の人物となると国家単位での話になるでしょう。
そうなると、どのような実績があっても国民は難癖を付けますからそのような成功例を挙げることは不可能です。

どんな人でも「ここがダメだった」と言われて終わり。

投稿日時 - 2018-06-06 12:47:22

お礼

なるほど、そういうものですか。

投稿日時 - 2018-06-06 13:02:55

ANo.6

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回答(9)

ANo.9

その頃は雑にしか視ていませんでしたが、日本国籍のない人からの献金の問題で野党から詰められて辞めてしまうのかな?という流れのところで、突然東日本大震災が起きて、その後の一旦の終息までは勤めた菅直人さん。

投稿日時 - 2018-06-06 22:48:26

お礼

ご教示を基に自分なりに考えさせていただきたいと思いました。

投稿日時 - 2018-06-07 01:39:34

ANo.8

民間ではいるでしょうが、政治家は皆無でしょうね。
どなたか岸信介を上げられてましたが、安保を結んだ事で対米関係は不平等となり、現在の明らかな不平等の地位協定まで進みました。
CIAにすりより戦犯を免れ、その後も工作員のように日本を貶めていたの最初は岸信介です。
孫の安倍も同じように日本を貶めてます。

投稿日時 - 2018-06-06 13:58:41

お礼

結果はともかくとして、やるべきことはやったということにはなるのではと思いました。

投稿日時 - 2018-06-06 16:12:03

ANo.7

No.1ですが
総理とか社長とかトップであれば居座ることはあるでしょうが
最近の重大問題の責任者はトップではなく、首を切ることができるトップがいるのだからすぐに切り捨てるべきでしょう。
もしかして、形だけのトップで本当の権力者は違う場合もあるのかな?

投稿日時 - 2018-06-06 13:53:10

お礼

何だか、はなしが難しくなってきましたね。私は知識や理解力に乏しいので、ことを左右できる人が結論を出してからやめるという図式しか想定していませんでした。

投稿日時 - 2018-06-06 16:15:18

ANo.5

不平等な日米安保条約を改正して、アメリカに日本の防衛を義務づけた岸信介元総理でしょう。あの時世論の大反対を押しのけて日米安保条約を改正したので今の経済大国日本があります。岸総理は改正を見届けた後ただちに辞任し、以後二度と政治の舞台に上がることはありませんでした。岸信介は安部総理のお爺さんです。森友加計で世論の批判を浴びている孫も、それを押しのけて同じような大仕事が出来るか、見物です。当時の安保反対運動の激しさは森友加計の比ではありませんでした。

投稿日時 - 2018-06-06 10:57:59

お礼

安部首相をめぐる出来事もそういう面からも見ないといけないということですね。

投稿日時 - 2018-06-06 13:04:51

ANo.4

日航ジャンボ機墜落事故のときの日本航空の社長だった高木養根氏は、事故の責任をとって辞任しないのかと迫る記者に対して「それは辞めるが、今放り投げるわけにはいかない」といって、すべての事故処理と遺族との示談を終えた後にお辞めになりましたね。
問題を起こした企業のトップの責任の取り方の理想のひとつといわれることもあります。

投稿日時 - 2018-06-06 10:23:59

お礼

そういうこともあったのですね。ためになりました。

投稿日時 - 2018-06-06 13:05:47

ANo.3

>権力者が当面の課題を解決して、その地位を降りたと
いう実例はありますか。


「大石内蔵助」
史実にて実証されていなかったり、業績手腕や手法結末について判官びいきの伝承が多く、その好悪評価は分かれるとは思いますが・・・

主君・浅野内匠頭の江戸城松の廊下に於ける吉良上野介への刃傷事件によって、切腹お家断絶と言う事態に遭遇、藩内は籠城説や殉死派や敵討ち等の百家争鳴で大混乱の大ピンチを英知と指導力でまとめ無血開城に合意形成し、紆余曲折はあったろうが誠実謙虚な説得とリーダーシップにて空中分解や自暴自棄の暴発大暴挙は回避した。
その言動の中には昼行燈という蔑称評価もあり、遊郭通いや放蕩三昧の荒んだ生活ぶりもカムフラージュなのか、その真偽真意は分からない所です。

しかし、内に秘めたる主君の無念と御公儀の不合理不公正な裁断への抗議については忠節恩義を忘れることなく家臣団を統率し、困難な命題を解きほどき様々な苦難と障害をくりぬけ本懐を遂げた。→詳細は赤穂浪士・忠臣蔵等で映画や小説化され、後世の私たちに感動と人生観を提起してるのかも・・・

※ご参考
history-land.com/chushingura/

https://www.bing.com/images/search?q=%e5%bf%a0%e8%87%a3%e8%94%b5+%e6%98%a0%e7%94%bb&qpvt=%e5%bf%a0%e8%87%a3%e8%94%b5+%e6%98%a0%e7%94%bb&FORM=IGRE

投稿日時 - 2018-06-06 09:37:56

お礼

もう一度忠臣蔵、特に大石内蔵助のことを考えてみます。

投稿日時 - 2018-06-06 13:07:44

ANo.2

太平洋戦争当時、戦争の幕引き役として総理大臣となったのは
鈴木貫太郎氏でした。
戦争終結に向けて内外への発信を怠らず、しっかりと大地に根の生えた
ような取り組みをしたのは、この人ならではです。
そして、敗戦。
アメリカの進駐軍の統治下での総理大臣は、吉田茂氏でした。
日本国憲法を制定して、民主主義国家に生まれ変わった日本の舵取りを
したのは、戦前、戦中と隅に追いやられていた吉田氏でしたね。

投稿日時 - 2018-06-06 08:42:50

お礼

鈴木貫太郎、吉田茂の両氏は偉い人だったのでしょうね。

投稿日時 - 2018-06-06 13:09:15

ANo.1

歴史に中でそんな人物はいないと思う。
昔の日本なら切腹とか首切り処刑となる。
責任者は問題が起きないように、組織し指導するのが仕事であり大問題が起きた時点で責任能力が無いことが明らかになったのである。
どうして問題が起きたのか、それがわかれば苦労しないなんて言語道断だ。
これがわからないで本当の解決ができるはずがない。
完全に頭脳がショートしている。

投稿日時 - 2018-06-06 08:38:06

お礼

不測の事態というものありませんか。

投稿日時 - 2018-06-06 13:10:41