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徳川政権の「士農工商」制度導入の経緯について

徳川政権は士農工商という身分制度を導入し、それがその後の日本の産業基盤に良くも悪くも、根強い影響を与えていますが、その導入経緯を知りたいと思っています。導入した理由としては、下克上を象徴とする「政治的・軍事的野心」を抑制することによって、恒久平和を目指したものと理解はしておりますが、具体的に何かを参考にしているのでしょうか?例えば、隣国である李氏朝鮮には『両班制度』があり、身分が良民(両班、中人、常民)と賤民(奴婢、白丁)と厳しく固定されていました。李氏朝鮮は当然、中国の科挙や官僚制度を参考にしています。あまり交流自体はありませんでしたが、遠くインドまで目を向けると『カースト制度』という非常に強力な制度がありました。徳川政権は朝鮮やインドの様なそこまで極端な制度にはしませんでしたが、検討して参考にしていたのでしょうか?
よろしくご教授のほどお願い致します。

投稿日時 - 2018-02-13 10:16:10

QNo.9428595

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

えー、最近の教科書からは「士農工商」の言葉は消えております。確かに「士族」という概念はあったのですが「農工商」という階級は特になく、当時の人々の階級概念としては「士族、それ以外、被差別層」というざっくりしたものでしかありませんでした。
しかもその士族は欧州における貴族ほどに階級的な特権ではなく、士族の養子になれば士族になることができましたし、稀ではあったものの士族に取り立てるということもありました。
「御家人」とは徳川家直轄の家臣なので士族の身分としては「本社の社員」になるので高かったのですが食えない御家人も多く、しばしばその御家人の身分が売りに出されることもありました。

というわけで、
>徳川政権は士農工商という身分制度を導入し、それがその後の日本の産業基盤に良くも悪くも、根強い影響を与えていますが
ということは現在の歴史観からすると間違いだったということになっておりますです。確かに30年くらい前はそういわれていた時代がありましたけどね。

投稿日時 - 2018-02-13 10:30:25

補足

ご回答ありがとうございます。士農工商という歴史的事実はなかったんですね。理解致しました。

投稿日時 - 2018-02-13 13:51:49

お礼

ご回答ありがとうございます。士農工商という歴史的事実はなかったんですね。理解致しました。

投稿日時 - 2018-02-13 13:51:57

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回答(3)

ANo.3

他の回答氏と同様で、その職業の人を戦い、戦争に狩りだすためと私は考えてます。また、職業差別に繋がってるのも確かだと思います。
それより、信教はいつできたのか、太陽信仰ならピラミッド、ストーンヘンジみたいのがあった筈だ、太陰暦はどうして出来たんだ、という考えを裏付ける遺跡、証拠が欲しいと思います。

投稿日時 - 2018-02-13 11:07:19

お礼

ご回答ありがとうございます。士農工商という歴史的事実はなかったんですね。理解致しました。

投稿日時 - 2018-02-13 13:52:21

ANo.2

現在は「士農工商と言う身分制度などなかった」と言うのが定説です。

教科書からも「士農工商」は削除されています。

詳しくは以下参照。
http://www.edojidai.info/mibunnseido.html

従って「この質問そのものが無意味」です。

投稿日時 - 2018-02-13 10:34:14

お礼

ご回答ありがとうございます。士農工商という歴史的事実はなかったんですね。理解致しました。

投稿日時 - 2018-02-13 13:52:11