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締切り済みの質問

エホバの証人は現在でも児童虐待をしていますか。

また、会衆(協会)として虐待を推奨していますか。

誹謗中傷では無く、事実を教えてください。

投稿日時 - 2006-04-08 16:17:28

QNo.2079510

暇なときに回答ください

このQ&Aは役に立ちましたか?

12468人が「このQ&Aが役に立った」と投票しています

回答(80)

ANo.81

「ムチ」を常習的に行っている親は現在では非常に少ないというのが事実です。

1990年代より以前は「子供の訓練にムチは絶対必要」という姿勢を崩さなかった親たちが多くいたようです。
現在そのような主張をすると 子どもたちを犬以下の存在 とみなしていることになります。

*** 目04 9/8 24ページ 犬を訓練するには ***
たたく,けるなどの体罰は必要ではありません。前述の訓練士のマルコスは,「鋭い声で『だめ』と言うだけで,犬は自分の行動がよく思われていないことを理解します」と述べ,こう付け加えています。「犬は賢いので,ほめられているのか,叱られているのか,じゅうぶん分かります」。

★エホバの証人向けの記事を公開中★
http://www.jwstudy.com
エホバの証人研究

参考URL:http://www.jwstudy.com

投稿日時 - 2012-04-30 17:20:47

ANo.80

どこで聞いたのかわかりませんが
そのようなことは一切ありません

投稿日時 - 2012-04-10 23:56:48

ANo.79

私の意見だけを信じろ!とは言いませんが、事実をお書きします。

お願いですから、

ご一読を、よろしくお願いいたします。


まず私自身はエホバとは関わりはありません。

が、嫁がいわゆる、2世と呼ばれ、簡略化して言えば、
過去虐げられ生きてきました。
(そのほかにも複数の2世事情を調べたり、実際に聞いていますが酷い模様です)

恐らく、既に80件近い回答があり、
中には現役の証人の方もいらっしゃいますが、
その方々には理解のすることの出来ない苦痛を、2世は味わっています。

嫁の家は5人兄弟です。
2世として厳しい躾(何かあれば懲らしめをベルト等でしてきたり、奉仕等)をし、
結果的に5人全員が精神的な病気に。
特に女の子の2人は、障害者認定され、自律神経もやられ、散々です。

これを、どう思われますか?

聖書に書いてあるとおり、
エホバで習うとおりに、子供を懲らしめ教育した結果です。

が、あろうことに親はこういいます。

「宗教は関係ない」

失笑です。

基本的に、エホバに従順な親(1世)は、問題を宗教とは結び付けません。
そうして、考えることが根本的に無理なのです。

和解も、不可能なのです。

1+1が2であるように、エホバは善だと、そう感じているのです。

これは、通常の人間からしてみれば、「??」ですが、
エホバという宗教は、彼らからしてみれば「絶対」であり、
躾も懲らしめも正しいこと、絶対的な善だと、コントロールされているのです。


「コントロール」と 言われると、恐らく信者の方々は腹を立てて憤慨するでしょう。
もはや、話し合いの余地が無いのです。


子供にとっての1時間2時間って、大変長い時間ですね。
学校の勉強だけじゃなく、宗教の勉強もしなければ、ベルトでずっと叩かれます。


虐待を推奨してはいませんが、
やっていることは、「多くの場合」が、虐待であり、
2世の育成に関しては、失敗が多いように感じています。


2世問題は山積みですが、
宗教は悪くないと、親は言います。


子供にとって、誕生日もクリスマスも、楽しみの一つです。
それすら、禁じられるのです。国家も歌えない。
特に小さな子供が、虐めにあう原因は、この点です。

楽しい生活を、子供が送れないのです。


でもそれすら、親(1世)は、分かろうとしません、分かりません。
自分が大人になって自ら宗教に入ったことを忘れているのです。

他人に強制できるはずがないのです。

自分以外、と言う点では、子供も他人です。


何があっても家族を助ける宗教ですが、
宗教から身を救って欲しいのが、2世です。





「(100歩譲って)エホバに合う人、合わない人、


それがいるです。○○(嫁)には、合わなかったんですよ。」


この言葉を理解できないようです。

投稿日時 - 2012-02-12 05:45:31

ANo.78

私は18歳の高校生で、母親がエホバの証人ですが虐待など全く無縁でした。
しつけ程度で怒られることはありましたが、それは私が人を傷つけてしまったりしたからでした。

聖書の中でも[他の人を自分のように愛すように]や[自分にしてほしいことを他の人にするように]という聖句があり、それらは原則の一つでもあります。
よく世間では、[自分にしてほしくないことは他人にもしない]というのを、よく耳にしませんか?
しかし、聖書では自分にしてほしいことを他人にすると、これは世間で言われていることの一歩先を行く言葉ではないでしょうか?


話がそれましたが、
そんな精神のある方々が虐待など考えられません。

中学の時にイジメに合った私に、何人ものエホバの証人の兄弟姉妹が家まで来て話を聞いてくれたり、気晴らしにと遊びに誘ってくださったこともあります。

集会で自分の意見を、手を挙げて注解すれば、集会後にたくさんの人が笑顔でお礼を言いに来てくださります。


輸血の問題でよく虐待だと言われますが、子供に輸血をさせないのではなく輸血をさせたくないのです。
それも理由がなくそうしているのではありません。
当然自分がお腹を痛めて産んだ子ですから、助けたいのは切実です。エホバ証人だって同じ人間ですから。



話が長くなりましたが、根拠もない噂から話が発展されていたので訂正いたします。

投稿日時 - 2012-01-22 18:24:48

ANo.77

物心ついたときから小6くらいまで母親から何かあるとすぐベルトで叩かれてました。今は足を洗ったようですが、エホバの証人から影響を受けていたそうです。15年くらい前のことですけど今でも恨んでますね。

投稿日時 - 2012-01-16 02:03:57

ANo.76

10年程信者でした

当時の交際男性が研究生で私自身人間の進化論に疑問を抱いていた時期に

男性から信者にならないか?と誘いがあり集会に出向きました。
小綺麗な服をワザワザ買い、身なりをキレイにし
髪も黒髪に染め直し、

そこまでしなければいけない宗教なのか!!と当時は重く受け止め真面目に10年通いました。

協会の教えでは
処女と童貞でなければ
結婚出来ないと言われ
あいにく処女でしたので
男性両親には喜ばれましたが
妊娠中に男性から暴力を受け、仕事はしない、出産しても変わらず 子供にまで 手を上げ、離婚を考えましたが、話し合えずに棄却され、2人目妊娠中に上の子供を男性両親に預けていたら、革ベルトで3歳前の子供の太ももを大人のイライラで何度か叩かれていました。


その後私から一方的に逃げる形で離婚成立しましたが
逃げた先にもエホバの証人の勧誘が来ます。

ハッキリ申しますと、
ウザイ しつこい カルト!
しか考えられません。

聖書には

女性をガラスの器の様に 扱いなさい。
と言う様な部分がありますが10年間1度もガラスの様に扱われてません。


証人たちはマインドコントロールされているだけなのを気づかないだけで、
カルトと変わらないと私は感じ受け止めました。



今でも虐待ありますよ!
聖書を学ぶ限り消えません。
革ベルトでお尻を叩くよう教えられますが、愛も糞もないと思います。

愛を表現するならば、
革ベルトゃモノを使わずに怒ったり出来ます、

愛を持ち革ベルトで叩くと言うのは、本末転倒です。
愛がないから革ベルトで
叩くんです。


愛情が歪み、社会と関わらない人間に人間味があるとは思いません。

投稿日時 - 2012-01-10 15:17:05

ANo.74

子供の手術の時に、親が輸血を拒否するのは虐待です。

投稿日時 - 2011-10-24 10:32:48

ANo.73

偶然この質問を目にし、数例の回答を読みましたが、あまりに事実とはかけ離れているのに驚き、コメントさせていただきます。
幾人かの回答者の方の経験が事実に基づくものである場合は、あまりにもひどく、許されないことだと感じました。
しかし、組織として虐待を推奨することなど、あるはずはありません。
子どものころから、20年ほど集まりに出席していますが、JWでは聖書に基づき愛をもって子どもを育てるように教えられており、幼少期に何度もおしりを叩かれたことはありますが、顔などはもちろん一度も叩かれたことはありませんし、おしりを叩く場合も、怒りにまかせて叱るのは、子どもを教えるという本来の意味から逸脱しているので、決してしてはいけないことである、と集会でも何度も教えられてきました。
事実として回答で触れられていたようなことが起きたのであれば、一部の人々の個人的な問題だと思います。しかし、私はそのような話は一度も子ども時代に聞いたこともなく、今までの20年間一度もそのような話を聞いたこともありません。
現に、無駄に子どもを痛めつけるようなことがおこなれているのであれば、犯罪であり、またもちろんJWのメンバーであることができなくなるほど考えられない問題であると思います。

回答としては、聖書の(確か。。)箴言の書に「自分の子にむち棒を控えるものはその子を憎んでいるのである」という言葉があり、必要な場合に躾としておしりをたたいたりすることもできるが、それは、無駄に体罰を与える事を推奨しているのではなく、優しく話すだけで理解できるような性質の子には、話し合いをしたり、一人でなぜ自分が叱られたのか考える時間を持たせる教え方をするように現在も集会や雑誌で教えられています。

時間がなく急いで入力したため、乱文ご容赦下さい。

投稿日時 - 2011-10-06 21:44:03

ANo.72

現在、38歳。隠れエホバの証人のような状態。伝道者としての在籍は在るけれども、会衆で私を知るのは数名のみ。1970年代から、エホバの証人としての人生を送って、今は廃人のような状態。自分が懲らしめを受けた記憶は残っているが、思い出そうとすると意識を失いそうになる。自分が懲らしめを受けた記憶と王国会館内で他の子供が受けた懲らしめ。いずれの記憶を思い出そうとするとしても。精神科絡みの諸病と付き合いながら、隠れエホバの証人を続ける毎日。この毎日が終わる日を待ち続けて、忍び難きを忍びつつの毎日。死のうとは思わないけれど、過酷な毎日だなとは思う。でも、エホバの証人で在り続けることは変えないつもり。絶対に変えないつもり。エホバの証人としての人生を送ると決めたのは自分だから。親がどうだとかこうだとかは関係無い。親がエホバの証人で無くなったとしても、自分はエホバの証人で在り続けるつもり。死んだ犬のような自分だけれども、エホバという神と生きて行くつもり。ずっと、ずっと、ずっと…。

この質問の解答を読み進めると、ホントに心の澄んだ方達がエホバを捨てるに至ったと解る。自分の命と引き換えに、エホバを捨てた方達を救いたいな…。

投稿日時 - 2011-09-26 02:37:53

現在、22歳で15の時にエホバの証人を辞めましたが、物心ついた辺りから二世として育てられました。
結論から言うと、会衆として「虐待」を推奨しているわけではありません。
ただ………

私の両親は共にエホバの証人でしたが、私が6歳の時にある事が原因で離婚しました。私と妹は父に引き取られ、しばらくしてから同じ会衆の姉妹と再婚しました。連れ子が2人いたのですが、私が一番上という事もあって、その頃から特に厳しく育てられました。懲らしめの鞭は日常茶飯事で、父に包丁を突きつけられた事も一度や二度ではありませんでした。それに加えて、義母からの嫌がらせも受けていました。耐えられなくなった私は当時仲良くして頂いて文通していた姉妹(長老の奥様)に打ち明けました。その姉妹は、勝手に私が書いた手紙を義母に見せたんです。そして私に、「厳しくされるのは愛されてる証拠。エホバ神もあ~だこ~だ」などと説教し始めました。裏切られた気分でした。それからの日々はもっと酷くなり地獄で、私は母を頼り家を出ました。後で後悔したんですが、残った妹は、義母の仕打ちで一ヶ月入院したそうです。
祖父母が保護してくれたんですが、ひどい状況だったと言っていました。この時も義母や父に対して何らかの罰があるどころか、逆に私達が悪者になっていました。

父や義母に対する怒りは勿論ですが、会衆の兄弟や姉妹達にも憤りをおぼえました。
虐待を推奨はしないかもしれませんが、各家庭の躾には一切感知せず、何らかの訴えがあって
も子どもの言う事などは聞き入れてもらえないのが現実です。
行き過ぎがあればエホバ神が止めるだろうと思ってるんじゃないでしょうか。

よく「サタンに惑わされている。悪魔に取り憑かれている」などと言いますが、悪魔に取り憑かれているのは貴方達では?と思う程でした。


辞めてから年月が経った今でも悪夢にうなされます。


私の家庭は特に悪い例かもしれませんが…。
長々と失礼しました。

投稿日時 - 2011-08-11 09:04:34

ANo.70

数年前に、エホバの証人を辞めた者です。

今現在は、虐待推奨は無いと思います。ただし、懲らしめの精神はかなり強く反映されていたように感じます。
これは単に、親次第だと思います。正直、私の場合はかなりの懲らしめを受けて育ちました。
子供の頃は常に恐怖と惨めさの中にいた記憶があります。そのためか、万引きに走ったり、クラスの子を蹴りまくったり、外に虐待の影響を撒き散らしていました。

精神的に病み、カウンセリング等を受ける度に思うのが、このトラウマはどうしても口にできないという悲しみがあるということです。
何度も精神科医に相談しようかと思いましたが、精神を患った私を少しでも治そうとしている現在の親を思うと、どうしても言えませんでした。親には直接なじったことがありますが、後味が悪く、しかも解決の糸口にもならないのでやめました。
虐待という言葉を使うのは、抵抗があります。親が自分を愛してくれていたゆえの行動だったと思いたいからです。

私には、子供がいません。もしいたら、反面教師を貫くことができるか疑問です。
虐待で育った子供は必ず虐待に走る、と聞いているからです。
児童虐待というほどのものだったのかは他人と比べようがないので、分かりません。タバコの火を押し付けられたわけじゃないし、ビール瓶で殴られたわけじゃないし、人前でなじられたことはないし、と最悪の虐待よりはましだったと自分を納得させるようにしています。

母だけが昔からの熱心な信者で、父は全くの未信者でした。世間体を気にしながらも世の中の悪を悪とも思っていないような父親と、クリスチャンとして円熟しようと熱心な母親との板挟みで、私はいつしか2つの顔をもつようになっていきました。
普段の母は他人に優しく脆く、父親は完璧主義で仕事熱心だったように思います。
以前、「ヤヌスの鏡」というドラマが80年代頃に放映されていたのですが、ご存知でしょうか。そういった二面性が、演技でも何でもなく、人格が入れ替わったかのように顔を出すことがあります。
親しか信じることのできない子供にとって、親が人が変わってしまう「懲らしめの時間」ほど恐怖と不安はなかったせいだと思います。それで、子供時代、母親の愛情を感じたことはありませんでした。おそらく、懲らしめのせいで相殺されてしまっていたのだと思います。

現在の母は、以前のように人が変わってしまうことはほとんどなくなりました。本人談では、親は子供を叩くのはとてもつらかったとのことです。
私は、ある程度の懲らしめは必要であっても、叩くという行為に今でも嫌悪感を抱いています。
大人になってから、母親にビンタを食らわせたことがあります。母は仰天し、私を見る目にはしばらく恐怖が宿っていました。
その気持ちを、貴方は何年も私に味わせてきたんだよ、と私は言いたかったです。だから私はたぶん、子供に手をあげてしまう側の人間だと思います。それでも今は、自分より弱い者に決して手をあげないことをモットーというより、半ば意地にも似た決意で生きています。

長文になりましたが、エホバの証人の場合は、子供にきちんとした道を歩ませたいという親の願いがエスカレートしてしまったのではないかと思います。参考になるかは分かりませんが、それによって心に傷を負った子供もいるということを親の皆さんに知って頂ければと思っています。

投稿日時 - 2011-07-26 02:49:05

ANo.69

現在私は34歳です。

17歳の頃までエホバの証人の組織にいました。

過去に虐待はありました。

私は尋常ではないくらい、お尻を叩かれました。

また、親から「石を持って殺すよ」とおどされたこともありました。

エホバの証人の中では、集会(週3回のエホバの証人の集まり)や奉仕活動(1件1件一般の家を回って勧誘する活動)に参加するのが常識となっていますが、私はそれらの活動への参加が嫌で嫌でしょうがありませんでした。でも、口が避けても「行きたくない」とは言えませんでした。「行きたくない」と言おう物なら、親から「悪魔にとりつかれた」と言われ、叩かれるのが目に見えていたからです。

恐怖で行動を縛られていました。

また、エホバの証人の組織もムチを推奨していました。

私が小学校低学年だったころ、巡回監督(組織の本部から派遣され各地域の集会で公演する人)のナガタさんと言う方が集会に来られて、公演を行いました。

ナガタさんは公演の中で、聖書に書かれている「右の目 が罪を犯すなら、右目をえぐり出して捨てなさい。右手が罪を犯すならば右手を 切り落としなさい。終わりの日に滅びるよりいい。」と言うような文章を引き合いに出して、「子供を叩くことをためらってはいけない。悪を取り除くまで何度でも叩きなさい。」と声を張り上げて演説していました。

この公演を聞いて恐怖に怯えました。

もちろん親はその影響を受けて、その後のムチはエスカレートしました。

あきらかに組織的な虐待です。

これは間違いなく事実です。

現在は、昔と比べれば虐待は激減しましたが、今でも一部の信者の中で虐待はあると聞いています。

虐待を受けて育った子供がエホバの証人を続けて親となり、子供に虐待をしているようです。

千葉県柏市在住の34歳より

投稿日時 - 2011-07-16 00:52:53

ANo.68

エホバの証人は虐待をしていない事を私が保証致します。虐待の質問に付いですがあなたが親御様だとしたら子供達が大人に成長した時に非の打ち所の無い人に近い大人になるのと罪人に付随した生き方をする子供とどの様な生き方が親御様として嬉しいのでしょうか?私達は生まれながら不完全な罪人だからこそ親御様の躾は清い人間になる為にも必要だと確信していますが?あなたは躾が世間一般の考えでも必要ですと信じている人が存在する事を否定致しますか?親である兄弟姉妹は虐待では無く躾をしているので有りその点は私自身が保証致します。又虐待を信じている又はそう思う時は真実を調べる事をお薦め致します。又回答の中で事の集会出席は虐待ですの意見が有りましたが?その答えです。新世界約聖書伸命記六章六節から{そして、私が今日命じているこれらの言葉をあなたの心に置かねばならない}
七節{あなたはそれを自分の子に教え込み、家で座る時も、道を歩く時も、寝る時も、起きる時もそれについて話さなければならない}と有ります。親が集会に出席させる事は
七節に書いてあるエホバ神の指示に従っている為ですがエホバ神の指示に従う事は正しいと私は確信していますがあなたはいかがですか?信仰とは見えない事への保証された期待と有りその点からも理解出来ると思います?があなたが宗教を信じたら中途半端な考え{セーターの虫食い穴だらけ}の様な信仰で死に至るまで目に見えない神を信じる事出来ないと確信していますだからクリスチャン兄弟姉妹である親は神の御意志に従って集会出席促しています。又私自身家族一同がエホバの証人の兄弟姉妹を真に羨ましく思い今でも確信しています又私自身エホバの証人の親から生まれたいと研究になってから思っていたので私願いを否定する子供達は贅沢な罪人で有ると私確信していますが研究をしたからこそ理解出来た家族一同が一致してエホバ神を崇拝したい私が16才亡くなった母親に再会したい父親母親の夫にも再会させてあげたいの娘の気持ちは罪人でしょうか?私は現在30代ですが躾が罪だとしたら躾をしない子育てで成功する確率が心配です。私達は十人十色なので周りの人々価値観で虐待をしていると勘違いしたと思いますがあなたは全ての人の考えや価値観は一つのみと信じているのでしょうか?違う事を認めた時虐待をしていない可能性も有りかなと考える心のゆとり生まれると確信致します。

投稿日時 - 2011-06-30 15:17:47

ANo.67

自分も兄弟も今はもう30過ぎて、7才からやってますけど虐待も推進もなかったですね。
叩かれたことないです
普通の子供と同じように、悪いことして言うこときかなかったらおしりペンペンはありましたけど。それも少ないくらいでした
それこそ、7才くらいのとき、よそではムチがあると聞いたことはありますが、地域性か、そこの集まりの親たちがそれがいいと勝手に思ってるんだと思ってました。
例えば子供がお受験のママ友たちが『どの教材はいい』というような。
昔はムチしてた、というそのよそも、
だいぶん前からもう叩くとか聞かなくなりましたね。
時代でしょうか。私が小学校時代は悪いことすると先生から叩かれるの普通だったけど、最近は叩かなくなったのと同じようなものだと思います。
でも、自分が大人になってつくづく感じるのは、当時ムチがあったという人たちは、なかった自分より
迷いがなく、まっすぐ立派に成長していると思います

投稿日時 - 2011-05-02 20:33:27

ANo.66

こんにちは。
14歳まで、エホバの証人の集まりに行ってました。
(今は、40歳過ぎてます)
私が生まれる前から、母がエホバの証人だったので、生まれた頃から連れて行かれてました。

私が、行くのをやめた理由は、週に三回、集まりに行かないといけないのが、めんどくさくて…聖書の勉強もしないといけないし。
で、やめました。

虐待?
ないです、ない。
普通に、しつけの範囲です。私は、母にホースやむちで叩かれた覚えは一切ない。
そういうやり方をしている方もおられるかもしれませんが、「虐待」 ではないです。(周りで聞いたこともないが…)
私には、今、八歳の子供がいますが、虐待がどんなものかくらい分かります。

あまり知らない人が、なにかはたから聞いて、それをうのみにして、全体を、そう思いこんでしまうのは
本当に怖いと思います。

噂は、本当に怖い。
噂で人が殺されたりします。今回の東北地震でも、噂やチェーンメール、いやになります。
私は、阪神淡路大震災の被災者で、家も全壊しました。
話が、それました、すみません。

虐待を受けたと思っておられるエホバの証人の子供さんは、エホバの証人だから、ではなく、普通のお母さんが虐待してただけではないでしょうか。

何年も、エホバの証人の方を見ているけど、前に書いておられる方のように。
いい方たくさんいますよ。ほとんどいい人ばかりで心配になるくらい。

そりゃ、中には(ん?)
って人もいる。でも、それは当たり前でしょう。
完璧なんてないんだし。

ん?って人、本当に少ないし…

宗教は、すがりたいからしてるんだし、すがらなくて生きていける人は、あれやこれや言わなくていいと思う。
私の母は、死ぬまでエホバの証人を貫くでしょう。
母にとっては、それが必要だから。

私は、もう戻る気はないけれど、変な集団とは思っていないから。

けど、洗脳って、本当にあるよ(笑)

投稿日時 - 2011-04-08 15:33:35

ANo.65

私はエホバの信者ではありません。でも、言えることがあります。

子供は家畜と同等の存在ではありません。馬鹿でもこのことぐらいはわかるでしょう?

そして、己の手ではない物で殴ったりすること、それは、体罰なんて可愛らしいものではありません。虐待です。物を使って叩いたら叩いた側の手は痛まないですよね?その行動がエスカレートしても、自分は痛くない、だから続けてしまうのでは?

それに、鞭って力の加減、きっちり出来るものなんですか?自身を鞭で打つことなどないでしょうから、どれほどの痛みを伴うかなんて、わからないでしょう?

「エホバの証人」という団体自体が悪いのか、なんてわかりません。
しかし、神は愛、そう教えを説き、それを信じる方々のなかに、虐待をする人がいるのは事実です。
それだけは、受け止めていただきたい。

投稿日時 - 2011-03-25 16:34:26

ANo.64

たくさんの回答を読んでビックリしました。

『ホース』で叩かれる程度?
『ものさし』で叩かれる程度??

それが虐待ですよ。

洗脳って怖いですね…


躾に凶器は必要ありません。

投稿日時 - 2011-03-22 22:43:22

ANo.63

19歳までエホバの証人やってました。親がエホバの証人だったので連れられていたという感じです。
私も6歳位までは悪い事をしたら鞭(ホースを短く切ったもの)でお尻を叩かれました。
といっても虐待とかそんなものではなくあくまで躾だと思ってます。(のび太が悪い事するとのび太ママがお尻をビシバシ叩いてましたよね、あれと一緒です)

毎週日曜に集会があるんですけど、ちゃんとお話してる人の話を聞けなかったりうるさくしてる子供がいると親がトイレに連れていって「みんなに迷惑だとわかる?だめでしょ?」とお尻を叩いている光景を見ました。
私が行っていた所が住宅街で、家が隣接していたので子供の泣き声がお隣りに聞こえていたらしく
当時「エホバの証人は子供を虐待してるのではないか?」と近所で噂がたっていました。
ちゃんと説明してわかってもらえたけど、まあ誤解するのも無理はないかなと当時子供ながらに思いました。毎週のように子供の泣き声が聞こえてちゃあね(笑)
でも親は子供のお尻を叩いた後決まって優しく抱きしめてくれてます。
私の親もそうでした。
まさに愛の鞭ですね。
なので今はあったかい思い出として記憶の引き出しにしまってます。

昔は悪い事をしたら子供を外に放り出すとかビンタするとか当たり前だったけど(教師でさえやってましたよね)
今はいろいろと難しい時代になりましたね。

投稿日時 - 2011-03-04 19:20:44

ANo.62

元2世です。

エホバの証人の事を悪く言われる方沢山いますが、私はそう思いません。

私の意思で組織から離れましたが、エホバの証人達の兄弟姉妹はいい方が多いと思います。

実際両親、姉も現在エホバの証人ですが、エホバの証人だからこそ人を思いやる気持ちや良心的な行動を取れると思います。

ある人達は教えに背いたり、裏では悪い事を行ってる人もいます。その人達のイメージのせいでエホバの証人のイメージを損なうのは悲しい事です。


私自身幼い時に、鞭を受けた事があります。しつけの一部だと認識しています。
現在、鞭というよりは話し合いをもって戒めるという方針だと聞いています。

時代によって、指示がかわることは当然と思いますが、違うでしょうか?

人それぞれ信じる宗教や神が違います。

それを外部から批判するのはいかがなものかと…



教え事態はすごくいい物です。エホバはとても愛ある神ですし、離れた人達でさえ祈りを聞いて下さいます。

エホバの事を悪く言うのはよくないです。

投稿日時 - 2011-03-01 11:49:35

ANo.61

別にエホバの人に限定しなくてもやる人はやるしやらない人はやらないって事じゃないの?

エホバは好きじゃないし属してる人も好きになれないけど一部の真実かデマかもしれない噂を全面的に肯定してしまっているようなこの文章には疑問を覚える

回答になってなくてすいません

投稿日時 - 2011-02-22 12:29:16

ANo.60

永遠に生きられるのか永遠に死ぬのか。それは神が白黒をはっきりとさせるまでは不明で、永遠に生きるためには神への忠実を保たねばならない。そうしなければ、待つのは永遠の死のみ。

全てのエホバの証人がということではないでしょうけれども、かなりの数のエホバの証人が永遠の命と死との間で右往左往しつつ、エホバの証人で在り続けて来たのではないですか。それを、神への忠実だと盲信しつつ。何が神への真の忠実かも知らずに…。

エホバの証人として、今とこれからの毎日を本当に神に救われた状態で生きて行くためには、エホバという神を自分のことのように知ることが必要と思います。そうすることをせずに、永遠に生きられるのか死ぬのかということに囚われている内は、本当に救われているとは言えないと思います。そして、エホバに本当に救われていない人が自分の子供を虐待してでも自分が救わねばならないと盲信に狂信を重ねる可能性は残り続ける…。そう、思います。

投稿日時 - 2011-02-07 19:34:02

ANo.59

私が子供の頃に歩んだ真実を回答したいと思います。


物心ついた時から私は母に連れられてエホバの証人に足を踏み入れていました。

足を踏み入れた事は私の意志ではありません。
幼過ぎて反発することも断ることも出来なかったし、母の言うとおりにする他なかったです。


間違った事や悪い行いをすると、ベルトを引っ張りだしては私のお尻を力一杯痛め付けます。
激しい痛みに泣き叫び苦しみました。
痛みに耐えきれず痛みから逃れようとすると太もも・背中にベルトが当たりミミズ腫れになりました。


母は怒ると理性を失うことがしばしばありました。
ひっぱたく、殴る、蹴るの暴行もありました。

※この暴行は宗教とはまた別で母自身の問題だと考えています。
事実の事なので書きました。
父はお尻を叩くことは黙認していても、暴行を受けていたことは多分知らないでしょう。


小学校・中学年になると選択肢が1つ増えました。
お尻を叩かれるか外に出るかの2つになりました。
でも結局はお尻になります。
私の推測では、ご近所の目が気になったのでしょう。

今思うと洗脳のような感じでした。
母の言葉が絶対で、逆らえば恐怖・苦痛が待っています。
もはや普通の母と子の関係とは言えません。


完全にエホバの証人を離れたのは中学に入ってすぐの頃です。

色々あって離れる結果に行き着きました。

虐待もなくなっていきました。

母は今現在もエホバの証人の一員です。


実際にされた事は覚えているのに映像としてはほとんど思い出せません。
思い出そうすると涙が止まりません。
成人していますが未だに時々ふ、と思い出し涙が止まらなくなります。
辛いとも苦しいとも分からない涙が溢れます。
書いている今だって涙が止まりません。


色んな回答を読ませて頂きました。
どれが正しい回答なんて分かりません。

ただ私自身、率直に答えを出すとすれば
エホバの証人が虐待を受け入れていたか?
私は受け入れていたと思います。

賛否両論あると思います。
あくまで私自身の結論です。


今はどうか分かりません。
私のような苦しみに誰もが合わないで欲しい。
今は虐待がない事を信じています。





※現在でもエホバの証人の方から主の記念日?近くになると私宛てに手紙が届きます。
よく考えると正直怖いです。

投稿日時 - 2011-02-01 03:43:19

ANo.58

わるいんですけど
いまもむかしも
そんなことは
決してありません
以下レスのようなことがあったとしても
その組織自体は
そんなことをすすめたりしせん
一度近くの集会にいってみれば
みんなあたたかいひとばかりです
決してすすめてません!!

投稿日時 - 2011-01-29 13:41:05

ANo.57

元2世だけど、

アメリカ合衆国のペンシルベニア州アレゲーニーCharles Taze Russell、1852年2月16日 - 1916年10月31日
エホバの証人(最初は聖書研究会)とは、こいつが創った

スコットランドからの移民で、

16世紀から続く、プロテスタント長老派
この時期に英国で宗教戦争が起きて、プロテスタント長老派の一部が米国へ移民した
たぶん、そいつ等の子孫で、アメリカ独立宣言の時の最初の13州にペンシルベニアがある事から、
英植民地時代の傀儡米国議会の子孫かもしれない

(ちなみにこの戦争が元で、エリザベス1世が即位し、イングランド国教会制定)

15歳の時には各地に店を持つようになった

此処分かるように、超絶の金もち
いわゆるWASP階層ね

でこの時代って、アイルランド系カトリックが入ってきて、
徴兵回避するには、富裕層でなければ用意できない大金を払わねばいけないわけね
例:映画「ギャングオブニュヨーク」

だからこの時期に、呑気に宗教の話が出来る連中なんて、WASP系しか居ない訳
お金持ちが集まっていく新しい宗教という感じ

特に、此処とか
「預言の中のシオニズム」という講演の中で、1914年以後、神は実際のユダヤ人を少しずつパレスチナに復帰させ、神の代理者として彼らを再び用いると考えた
↑これって、イスラエルの事でしょ?
イスラエル建国したのって、英国でしょ?

話を戻すと、アメリカは幼児虐待にはうるさい

おそらく、「懲らしめのムチ」を言ってるんだと思うけど、
「大草原の小さな家」とか観ると分かるんだけど、ムチで手とか叩かれる訳よ
↑こいつ等英国系移民のWASPだから
英国の映画とかだと、男子だとベルトでケツ叩かれたりとかね

まぁ、それでも気になるならアメリカの本部に聞いてみれば?

で、これは周りに居る人が、プロテスタント系キリスト教徒である状態がもう前提な訳

まず、日本はこれが当てはまらない
下地の文化も何も無い
つまり大衆の世論のこれくらい叩くってのが分からない
キリスト教徒の絶対数が少なすぎるから、個人の判断でやる

大衆の普通はだいたい平均値で収まるけど、
個人とか少数じゃ、そりゃやりすぎのバカがでる確立は高いだろうねぇ

アメリカのプロテスタントと、バチカンはすげー仲が悪い
マリア崇拝なんてして邪教だと非難してる

英米ってフランスと仲悪いでしょ?
そんで、フランスが強カトリック国で、カルト認定したのが、Jehovah's Witnessesという訳
最近、イスラム系のベールの規制もしたり

フランス・ベルギーとか辺りはかなり強キリスト教国

で、米国で選挙するときは必ず宗教組織票も関係する訳
※クリスチャンは神の命令に反しない限り法律をよく守るべきであり、政治活動に関与すべきではないと勧めた
※ハルマゲドンは政治的党派間での戦争や社会革命によって起こり、現存する諸体制を滅ぼした後[99]、残りの全人類は天国ではなく地上のパラダイスで完全な命を享受すると考えた

結論から言えば、たぶん英国政府の残党じゃないかな?

バカなアメリカは戦争やテロでいつか潰れる
その後、エホバの証人だけを移住させて、英国と新政府を作るみたいな

国旗や国歌に忠誠しないのも、現米国現政府を支持しないから
戦争に参加しないのも、現米国政府を支持しないから

たぶんエホバの証人とは、米国政府が自爆するのを永遠に待ち続ける人々じゃないのかな?
俺は下っ端兵だから、調べるとこんな感じだ

今はどう考えてるのか、どんな組織なのか分からない

投稿日時 - 2011-01-27 09:35:21

ANo.56

一つ前の回答の補足です。

「虐待を推奨」しているかということについては、
一般人から見たら虐待とみれるようなことを、虐待とは思わずに、しつけとしてやっていることがあるので、それは虐待にあたる場合があると思いますが(私のようなケース)
それを協会が「推奨」はしていないのだと思います。
一部の親が、エスカレートして、やっているのだと思います。

私には二人兄がいますが、
上の兄は、物心ついたときまでには、父(建設業で仕事バリバリ)との信頼関係ができていたからか、
母の宗教には入りきれず、高校生のときに脱会しました。
兄が言うには、あれは「虐待」で、異常だと言います。
兄も、運動会で国旗掲揚のときに帽子を脱いだことを、責められ、家に帰るなり追い出されて、
そのとき投げられた水筒が割れて、夜まで近所の建物の影に身を潜めていたことが、鮮明に記憶に残っていると言っていました。

下の兄は、小さいときから母と一緒に活動していて、今もやっているようですが、
懲らしめのことは、「虐待」と思っていないようです。
以前に、私が、あれはおかしいと思わないのか、と尋ねたところ、
聖書には方法まで書いていない。解釈の仕方を間違って、それが正しいと思ってしたやり方なのだから、
母はそれが良い方法だと信じてしていたのだから、悪くない。今は、解釈の仕方が変わっていて、そのようなやり方(ベルトで尻を激しく叩く)はしていない。と言いました。
あっさりと。

でも、母から何も謝ったり説明してもらってないんですけど・・・。間違っていたから改めたから問題ありません、では済まないと思います。

そのようかことで、結局、人によって、「虐待」かそうでないかは、考え方が違うようです。

投稿日時 - 2010-05-28 00:32:50

ANo.55

少し前のことですが、事実を書きます。

母親は、熱心なエホバの証人の信者です。
その母が、
太いベルトを40センチくらいに切ったもの(むち)を、常に机の横に置き、いつでも使えるようにしていて、
母親の思い通りにならないときは、有無を言わせず鞭打ちでした。
母親同士は、伝道の合間に、「鞭にはベルトがいい、ホースがよく効く、」などなど話していました。
子供を伝道中に屋外で懲らしめした(むちで叩いた)ことや、みみず腫れの跡が残って子供が学校で半ズボンになるのが恥ずかしかったこと等が、親の間で武勇伝として笑いながら語られました。
子供は黙って、聞いているだけです。

叩く場所は、尻こぶの一番肉が厚いところよりも、(四つんばいになったときに)太もものほうに位置を下げて叩いたほうが痛くて効くと、言っていました。女の子であれば、大事なところにまともに鞭が当たります。
親たちは、もし、自分自身がこんな仕打ちされたら、なんと言っていたでしょうか。

叩かれるとき、鞭の痛みを知っている私は、下腹部に力を入れて、来る鞭を受けていました
ものすごい恐怖です。
無私の愛を注いでくれるはずの親から、「愛の鞭棒」の名の下に、叩かれます。理由もよく説明されないままに。
ものすごい恐怖でした。そのストレス(力を入れて鞭を受けていたため)のせいかはわかりませんが、今、子宮内膜症を患っています。
精神的、身体的に、取り返しがつかないことです。


あるとき、お尻をさしだすときに、「どうぞ」と言いました。すると、「今日はどうぞと言った分軽くしてあげる」と言って、やわらかく叩かれました。
しかし、次の懲らしめのとき「どうぞ」といったら、
「どうぞと言ったら軽くなると思ったら大間違い」
と言われ、通常通り、大人の渾身の力で、ピシッと鞭が打たれました、何回も。

あるとき、おばあちゃん、いとこ(いずれも信者でない)の目の前で、パンツをぬがされ、
母がそのとき身に着けていたベルトで、懲らしめを受けました。

私は、この親には愛されていないと思ったし、今もそう思っています。
母には、今でも、自分のありのままを話したりできません。いい子でないといけないからです。
家庭内の愛情を直接に十分にうけることができなかったことによる傷は、
大人になってからも響きます。

自分は幸せになれる気がしませんでしたので、脱会を決意しました。
脱会するときには、母親に、私が座っているいすごと後ろに倒され、お腹をスリッパの足で蹴られました。
思い出すたびに、胸がぞっとします。
あの家に戻ることはしません。

本当は、
家族との関係を構築できて初めて、社会に出てもうまく人間関係を築けるものだと思います。
しかし、親が信者で、自分(子)は洗脳されきらず脱会した場合は、
その親との関係を、通常の親子の愛情を求めて構築を試みても、無駄なのかもしれない。

自分が本当に信頼できるものに出会い、
信頼できる人に出会えたら、
大切にしたいと思います。

信者にはならなかった父親に感謝しています。

長々と失礼しました。
同じ経験をしてほしくないので、書きました。

投稿日時 - 2010-05-27 03:14:01

今までに幾度となく女性の信者の方が小さな自分の子供を連れて布教に自宅に来られました。私は『あなたがどんな宗教を信じるも自由ですが小さな子供を連れまわすのは止めてください』と言いましたが聴く耳を持ちませんでした。私は今でも瞼に子供の表情が浮かびます。ものすごくつまらなそうな顔をしていました、その目はどうしてこんなことをしているの?と訴えているような脅えたような目でした。これは一種の児童虐待になるのではないでしょうか。それにしてもあの子供の目が今も瞼にこびりついて離れません。

投稿日時 - 2010-04-21 11:59:29

ANo.53

ここにはずいぶん現役信者共とおぼしき者が出入りしているようなので一言言っておこう。「聖書にこう書いてあります」「協会が推奨する方法はしっかり話し合ってどうのこうの」などというゴタクはどうでもいい。大切なのはこの教団の中でしつけと称して竹製の布団たたきや革ベルト、ビニール製のホースを適宜の長さに切ったもの等でほとんど「話し合い」など行われることなく「懲らしめの鞭で打ち懲らす」ことが実際に行われているという事である。仮にそれが誤りなら巡回や長老などが徹底的に正さねばならんのであり、そのような状況が黙認されているという事はそういうやり方を教団として認めたという事である。大切なのは「ゴタク」ではなく「事実」であるという事だ。現役共はよく弁えよ。「実によって見分けられる」のではなかったかという事をな。

参考URL:http://www.jwic.info/abuse.htm

投稿日時 - 2010-03-10 18:06:06

ANo.52

20年以上も前は確かに、しかるときに鞭打てばよい
と教えていました。
今現在では、
「いくら叱っても、いくら説き伏せても、どうしようもない場合のみ
鞭打ちなさい」に変わっています
多くの場合、年長の人に相談し、懲らしめ(聖書によるお説教)をして、
それでも駄目な場合は叩いて叱ることになるとおもいます。

むやみやたらに叩くのではなく、なぜ悪いことをしたのか
叩かれるほどの悪いことをしてしまったのだ
という理由をきちんと説明してから
が協会が推奨する方法です。

あと、彼らの団体はインターネットによる活動が自粛されているはずなので、調べてもあまり良い事はないとおもいます。

投稿日時 - 2010-03-10 17:15:48

ANo.51

補足です。
少なくとも我々普通の日本人は、古来、人間の素直な感情を尊びます。
しかし、エホバの証人にとっては、人間の素直な感情というものこそが、彼らの敵であるサタンに支配されているわけなので、極力、排除すべきものとなります。人に対するだけでなく、自分に対してもです。もちろん、わが子に対しても。
キリスト教は、もっぱら性悪説なので、多かれ少なかれそういう傾向がありますが、エホバの証人においては特にそれが顕著であると私は思います。性悪説だからこそ、体罰も正当化されやすいということがあるのではないでしょうか。

投稿日時 - 2009-09-28 16:46:19

ANo.50

虐待を推奨しているという表現は、適切ではないと思います。
但し、エホバの証人は、家族よりもエホバ神を尊重することは事実です。
それが多くの場合家庭不和を招く元となり、子は両親の間で結果として犠牲になります。片親となった親は、通常は子をそれまで以上に大切にします。それは人としての素直な感情です。しかし、エホバの証人の場合は必ずしもそうではありません。エホバの証人も本当は素直な人間的感情を持っているはずですが、その自然な発露を教義(信仰)が邪魔します。だから、エホバの証人の親子関係は、多くの場合うまく行きません。親子というのは直接的関係であるべきですが、エホバの証人においてはエホバ神を媒介とする間接的関係に過ぎません。だから、結果として虐待を生む危険性は否定できないと、個人的には思います。
村上春樹の1Q84という小説があります。その主人公の一人である青豆という少女は、「証人会」の親の家を11歳の時に出て自立します。私は青豆の思想信条に共感はできませんが、エホバの証人のような親に育てられた子がどうなるかを考える上で、一つのケーススタディとはなり得ると思います。参考にしてください。

投稿日時 - 2009-09-28 16:24:30

ANo.49

こんにちは、
>エホバの証人は現在でも児童虐待をしていますか。
これまで児童虐待したという例があってのご質問でしょうか。
それともご自信がそういう経験をしたということでしょうか。
質問の意図がよく分かりませんし、何をお困りで何を解決したいのかが分かりかねます。議論が目的でしょうか?。
もう少し詳しい情報がありませんと問題解決?? は難しいです。

>また、会衆(協会)として虐待を推奨していますか。
誹謗中傷では無く、事実を教えてください。

事実を知りたいなら人に尋ねるよりご自分の目で確かめられたらいかがでしょうか。
それが一番早く、一番正確な事です。そうしようと思えばすぐの出来るはずです。

どなたの回答にも反応なしという事は、ただ議論させたいだけのように感じました。ここは議論させるような場所ではありませんし、もう沢山の方が回答されていますから、
ほったらかしにしないでそろそろ締め切ったらどうでしょうか。

投稿日時 - 2009-07-06 02:22:49

ANo.48

聖書に「むち棒を控える者はその子を憎んでいる」(箴言13:24)とあります。この「むち棒」は元々は馬を走らせるため軽く叩く物を指しています。要するに体を傷つけない程度の体罰を指しています。

もちろん体を傷つけるような体罰は虐待以外の何物でもありません。それを今現在行なっていればエホバの証人から排斥(つまり破門)されますし、今はしていなくとも、過去にそういうことをしていれば、会衆内でのある程度責任のある立場には就けません。

投稿日時 - 2009-06-10 21:39:48

ANo.47

私が小学生の頃、集会や、エホバの人が家に来ていました。母親が一時熱心で、父親は無関心でした。反対していたのかもしれませんが、やめさせるほど大反対している感じでもなかったです。父親は一度も集会に行っていません。

虐待かなといまになって思っているのは、そんなに怒ることをしたような記憶もないのに、たとえば弟と兄弟喧嘩をしているとき、二人とも悪いとなり、母親が1mくらいのゴムホースを持ち出し、一人ずつ親の部屋へ呼び出され、服も下着も下ろされ、尻を叩かれていました。すっごく痛いんですよね。それで真っ赤にはれあがったりしていました。時にはアザになったり。

もちろん抵抗しますが、抵抗したところで向こうはホースがあるわけですから、こちらが尻以外を叩かれるだけで、無意味でした。

エホバの人にこうやって躾をするように言われたからホースで叩くのだと、素手だと叩く方も痛いから道具を使うのだと、母が言っていた記憶があります。

あの頃の母は、違う人のようでした。もともと叩いたりする人ではなかったので、それほどまでにのめり込ませてしまうエホバが嫌いでした。

今はすっかり無関心な母は、たまにエホバの人(当時の人)が家に来ますが、中にあげることもなく、もらった冊子はすぐ資源回収箱行きです。

投稿日時 - 2009-04-21 21:29:35

ANo.46

詳しいわけではないのですが、それはけがをした際に輸血をしないとか、体罰をするってことですか?
 でも体罰って完全否定できないとこもありますよ。 殴ったほうがよっぽど痛い、って気持ちはわかるかたたくさんいると思います。
 輸血も信条はそれぞれあって当然とも思います。それによって死ぬ人もいるかもしれないけど、たとえばエホバの結婚するまで純潔をまもるって言う教えのおかげで性病にかからないでいられた人もいるわけですから。
 完全に危険を避けるべきなら、タバコやお酒も禁止にすればいいけど、みな個人の自由で飲んでますから。
 人が集まるところもめごとあり、ですから、会社でも、学校でも、いじめやリンチによる自殺ってあるけど、だからその関連会社全部が悪だとか、その学校の全生徒、全教師がいじめを推奨している、って風にはおもいませんよね。
 エホバも、そのグループではいじめがあったかもしれない、その家族では虐待があったかもしれない、でもそれを全部えほばのせいってのも、ちょっと飛躍かなあと思います。
 

投稿日時 - 2008-11-19 20:49:25

ANo.45

同じようなことをお書きになっている方もいらっしゃいますが、児童虐待の有無は人にもよれば会衆にもよります。

しかし、昔ほどではないにせよ、「自分の子供が救われる為には体罰をしなければならない」と考えている親は多いでしょう。

また、組織が虐待を勧めているというよりは、組織に「通常の現代社会的な良識では虐待とされるようなことでも、将来の救いの為には良しとしたり、一般的なこととして捉らえる」ような素地があるのだと思います。

それと、エホバの証人の規律には一般社会的には無理のあるものも多いので、それからくる欲求不満や苛立ちのしわ寄せが子供に来るのかも知れません。

「エホバの証人」でウェブ検索してみるともっと詳しい情報が得られますので、お試しになってくださいm(_ _)m。

投稿日時 - 2008-10-06 20:49:05

ANo.44

私は3歳の頃から16歳頃まで教えを受けていました。
母は宗教に関心がなく、父が熱心に活動していました。やめる決心を付けたのは、自分の気質と宗教の定義が合わないからでしたが、決して内部で虐待行為があったとか三面記事も真っ青なことがあったからでわありません(^^;)
どちらかといえば穏やかな人達でした。

ただ、地域によっては性格の異なるトコロはあるようです。
出張で他の地域の講演に行った方が、質問をすると食いつかんばかりに我先にと手が上げられ、講演後、集会の後には囲まれるようにして講演で語られた事の間違いの激しい指摘を受けたり更なる質問をされたりと(政治家の過ちをなんとか探そうとする国民のごとく)突き回されたそうで、私たちの地域ではない現象に(コッチは間違いがあっても、「あそこの解釈は違うでしょ~」とか質問などもほんわか和やかに受け答えするので)ビックリした記憶があります。

私がエホバの証人から抜けようとした時、かなり大変でした。
(ただ、これはエホバの証人だからではなく、ドコの宗教でもありうる大変さだと思いますし、実際、創○学会から抜けたことがある職場の同僚も大変だったらしく、互いに意気投合して話が盛り上がった事があります。)
父と、長老と、私とで、家の部屋で2時間近く話し合いました。
力押しではなく、柔らかに、ある程度の正論で攻めてこられましたので挫けるかと思いましたが、自分に合わない事を続けるストレスの方が勝っていたので若さゆえの自我の押し通しで乗り切りました。
長老は最後に「何故、そんなにもイヤだったのなら今まで続けていたのか?」と問いかけてきました。
3歳から始めて小学生までは親と各家々を訪問するのも楽しかったが、中学生頃には自分がエホバの証人の中に居ることに違和感を感じるようになった。教えに疑問を抱き始めた。それを突き詰めて高校生になっての勇気を出しての脱退と相成って話し合いをしてるのに、どう答えりゃいいんだいと途方に暮れた私は、切り札を出しました。
決して出したくはなかった、下手したら父と私の関係がマズくなるだろう切り札でした。
かつて遊びたい盛りの私と父とで一度だけ集会に行く行かないでもめた事があるのです。もめるというほど長い時間ではなく、叱られたとかそんな事があったわけではなく、でも、その時、私にとってはショックで忘れられない事があったのです。
父はそんな事があったこと自体覚えていませんでした。私がしつこく覚えていて、普段なら普通に流されるだろう出来事でしたが、それを使いました。
父はしばらく落ち込みましたよ。
「そんな事をしてるつもりはなかったし、していたとも思っていなかった」と。
エホバの教えは強制されるものかという質問に「否」と答える父です。
ただ、話し合いにより相手の考えを聖書寄りに向けていこうとしようとする父です。矛盾しているようですが、その中には線引きがされているのです。

自分の経験を長々話してしまいましたが、いろいろな人が居ます。
エホバの証人と呼ばれる人の中にも、自分の子供の躾をまったくしない人が居たり、人の家の子供の躾をしてくれる人がいたり、ハッキリ言わずにオブラートに包んで諭す傾向があるので注意する相手に伝わってなかったり、キッパリいう人で憎めない人だったりいろいろ居ます。

宗教によって虐待する人はソレを理由にしてするのかもしれませんが、きっとそんな人はどの宗教に入ってもイロイロな理由を見つけて虐待するでしょう。宗教に入ってなくても今度は生活面で気に障って虐待するかもしれません。虐待は親個人の資質の問題が基本です。
私は見たことがありません。噂も聞いた事はありません。
精神的な虐待は目に見えないものなのでなんとも言えませんが、私は気付きませんでした。
まぁ、何をもって虐待と定義するか、ということもありますし、質問者様の満足できる答えは何なのか分りませんが、「虐待を推奨」はないでしょう。苦笑してしまいます。

投稿日時 - 2008-09-19 00:02:28

ANo.43

人の一生は、たかが80~90年。
自分の生き方や行動に信念と自信があって、周りや自分を
省みることができれば、宗教に縋らなくても生きていける。
宗教に縋らなければ、生きていけない人間にはなりたくないですね。
たとえ、それがベストな生き方ではなくても、
宗教に頼らず、自分の道を自分で判断して進めば、
しんどいし、辛いときもあるし、ひどく悩むときもあるが、
誰を恨むこともないし、後悔もしない。
後半分、これからも、そういう人生を歩んで生きたい。

投稿日時 - 2008-08-12 13:48:34

ANo.42

私も今の状況はわかりませんが、両親がエホバの証人で私も週2回と日曜と、会場へ通っていました。
そして、怒られるような内容なのかどうかも分からない事で怒られ、散々虐待を受け育ちました。
骨折した事もありますし、体中アザだらけになったり、家に一週間入れて貰えなかったり・・・苦笑
今現在はその時の傷で腕に大きなケロイドが残っています。
両親は5年前に足を洗っており、親を憎む気持ちはありませんが、この時期になると腕の傷の事ばかり考えてしまいます。。。笑
どうやって隠そうか・・・などなど。
親が私の傷の事をすごく後悔して傷ついている事も分かっているんですがね。
今でも教えられているとすれば、なくなってしまえばいいのに・・・と思う宗教ですね。

投稿日時 - 2008-05-05 02:15:46

ANo.41

4年前に足を洗った(不活発)者です。
この件に関しては、本人らに聞いてもなにも分からんでしょう。
当然、秘匿するでしょうから。
少なくとも4年前まで、王国会館や大会ホールの便所は、
騒いだ子供を「懲らしめる」場所として使われていますからね。
4年の間にこの状況が大きく変わることはないでしょう。
よく、目を真っ赤に腫らした子供や、怪我をした子供が出てくるのを
みたことがあります。実は私、本当に恥ずかしい話ですが
その頃「奉仕の僕」をやっておりまして、「大会」などの時には、
そういう場所も含め「会場整理」として
つけられていたので、そういうのをさんざん見ています。
彼ら自身が「懲らしめ」とは「話し合うこと」が基本であると
教えているにも関わらず、このようなことが常態化している。
これが「真理」と言えるのか。噴飯ものです。

投稿日時 - 2008-05-03 19:57:00

ANo.40

皆さん、ヘビーな経験をしてらっしゃる方が多くてびっくりしました。

私は今中途半端な状態にいますが、親には離れることを伝えた、内部の人間です。

まず先に申し上げます。
証人について本当に正しい知識がほしいのであれば、現証人の方に質問するのが一番いい方法だと思います。
証人になって日の浅い人や、実際正式に証人にはなっていないけれども、それを目標として、布教活動に参加している方もおられます。
要するに、知識の幅は人によりさまざまで、世の中の小学生~大学生の差くらい、内部で差があると考えていただいたほうが良いと思います。

また、聖書の知識自体が、抽象的で深く、私たちの良心というものに決定を任されているものもありますので、その辺りは一回五分や十分の立ち話では理解するのは本当に難しいです。
証人になることを強制する行為はまったくありませんので、そのことを聞くために集会に参加して、話の前後にどなたかに質問するのも良いと思われます。

そして、このような場所に意見を出される方に、現証人である方はいらっしゃらないはずです。
このような環境で、正しい知識が広まることはありえないので、何年か前にインターネット環境で教えを広めようとする行為には参加しないようにとの話があり、それが発表された場に私もおりました。
ですので、本当のことはわからない、と思っておいたほうが良いと思います。

・虐待について。
多くの方がおっしゃっていますが、証人は虐待を推奨することなどありません。子供は愛するべきもの、と教えられます。
「懲らしめ」と称して痛みを与えるのも、わたしも皆さんと同じようにゴムホースあるいは素手でお尻をぶたれるくらいでした。
しかし、むげに叩くのではなく、なぜ叩かれなければならないのか、をきちんと話されてから納得して懲らしめを受け入れていました。
痛みを与えるのは、話してもわからないとき、つまり、同じ失敗を繰り返した時のみでした。悪いことの先には悪いことが待っているということ、悪いことをしてはいけないということを教えていただけです。
それを理解できない叱り方をするのは親の理解の浅さのせいであり、証人の用語でいえば、「不完全であるため」ということになります。

証人の中にも、教えを屈折して受け入れ、自分の良いように言い訳に使う方がおられます。そのような方には、気付けば長老等が話しに行くはずです。長老がわからなければ、周りが長老へ指示をあおいでも良いことになっていたと思います。

ですが、中には長老でさえも不完全さに負け、会衆全体が崩壊してしまったという話も聞いたことがあります。

解っていただきたいのは、とても難しい教えであるので、守り通すには相当の努力がいるということです。証人も、努力はしていますがみなさんと同じ人間です。聖書の言葉をレールにして、そこから離れないように努力しているから、違う人に見えるだけです。

次に、長老であった親の方に「面目を潰された」と言われ大変な事態になられた方のコメントも読ませていただきました。

大変申し訳ありませんが、それはお父様の考え方が間違っていただけです。

長老という立場は、決して「偉い」とか、「上位」とか、そういうものではありません。
むしろ、みんなの下に立って働くという称号です。
会衆が壊れないように、みんなが正しくいられるように努力を続けることが長老の役目なはずです。
立場があるから、辞めたいのならその意思を長老団に話さなくてはいけない、というのは私も父から言われました。(ちなみに父は僕という称号があります。長老の手前です。)
しかし、「面目」などという言葉は一言も口にされませんでした。

証人の教えでは、証人の正式な立場をとった者が宗教から離れるとき、神に滅ぼされることが決まってしまいます。
父は、私との話のとき、「大事な娘を死なせたくないのだ」と泣きました。(ちなみに私には兄弟もいます。一人娘ではありません。)
父の涙をはじめて見ました。

私は、幼い頃から証人の中にいましたが、親は、聖書に、きちんと子供を育てなさいと書いてあるから、親が育ててくれていたのだと考えており、親の愛情を感じずに大きくなりました。それを親に話したところ、本当に驚いたらしいです。しかもその話をしたのは集会のある日で、親は集会から帰ってきたときに私のメールでそれを知ったのですが、その日の話では、「子供にきちんと愛情が伝わるようにしてください」と話されていたのだそうです。

ですから、虐待と呼ばれるほどの体罰を子供に加える方は、皆さんがおっしゃられるように、教えを盾にしているだけなのだと思います。
実際それが解れば、その人、またはそれを推奨した人は排斥(要するに首)になることでしょう。

・最後に輸血について。
現在では代替治療などもあり、輸血を用いた手術のほうが死への危険性が高いことが、一般の医療機関でも証明されてきました。
また、証人のほうでの輸血拒否も、赤血球のみを拒絶するとか、血液の一部は治療に用いてもいいとかいう細かい指定ができるように変化しました。これも、聖書の中で血を神聖なものとみるということから輸血を拒否しているところから、大部分を個人の良心に任せるという形になってきています。

ここに書いたことだけでも、私にも知識の屈折があるかもしれません。
それにまだ全てをお話しするには、だいぶ長くなってしまうのでこの辺でやめますが、本当のことを知りたいのであれば、内部の方と接触するしかないということは、覚えておいていただいたほうが良いと思います。

長文・乱文失礼致しました。

投稿日時 - 2008-04-18 14:26:47

ANo.39

聖書に出てくる、躾のための棒ですが、
羊を目的地に導くための棒を表わしていて、
群れから離れそうな羊の脇腹に棒を添え、
群れに戻す作業を意味しているようです。
実際に子どもを叩いて指導することを意味するわけでありません。
これはエホバの証人の中で公に説明されていることです。

そして、しつけに関してはエホバの証人本部から正式に
「こうするように」など、決められた手順を踏むように
指図されたことは全くありません。

特に日本人は生真面目な人が多く、
国のベースにキリスト教の教えが浸透していないので
「こうだ」と理解すると、一直線な人が多いのでは?
日本のエホバの証人史の中で
ある時代は鞭やものさしで叩くのはよいこと
と思われていた時代もあるのかもしれません。

ただ、今はまったく違います。
熱したスプーンを押し付けられた方、
本当にお辛かったでしょうね。びっくりしました。
私もエホバの証人の親に育てられましたが、
物差しのようなもので叩かれる程度でした。

どのように育てるかという判断は
親に任されていて、
エホバの証人の団体の中で
私の親のことを厳しいという人もいました。
私の親よりももっと厳しく育てていたお母さんは
会衆の中の長老(会衆の代表者)から
子供にもっとおおらかに接するように諭されていました。
(20年以上も昔の話ですが、その時でさえ
私の会衆では、行き過ぎた指導に注意を払っていました。)

結局は地域性だったり、親の性格で決まるのではないでしょうか。
ある程度まで家庭に任されていますが、
あまりにもひどい育て方を防ぐために冒頭のような話が
頻繁に話された時代がありましたね。

投稿日時 - 2008-03-24 01:20:52

ANo.38

私の姉がエホバの証人です。
数年前、子供を虐待しているという話は姉から聞いていました。
今は、わかりませんが、エホバの証人の体質は全く変わっていないため、虐待していることは十分考えられます。
輸血拒否、生命保険の受取先を、親から、エホバの証人に変えようとするなど、常識では考えられないようなことろをするところですので、そのようなことが起こるのが当たり前と思ったほうがいいかもしれません。

投稿日時 - 2008-03-21 22:07:37

ANo.37

初めまして。短的に明瞭に一言
神は愛です 
そんな教えからどうして虐待が生まれるのか?
愛を持って戒めよ 
人は不完全です 時に戒めが行き過ぎてしまう事もあるでしょう。
しかし教えで虐待を勧めるわけがない
教えを自分で調べて見て下さい
ここであなたの心を動かせる答えは決して見つからないでしょう
エホバの証人は 世の人から攻撃されると聖書に書いてあるのですから

投稿日時 - 2008-03-07 17:57:12

ANo.36

まず、私は証人では、有りません。

> エホバの証人は現在でも子供に独特の教育や躾をしていますか、
> そのための方法として愛のムチ(体罰)を行っていますか。また、
> 会衆(協会)としてそれらを推奨していますか。

私の家に以前、布教?で来られた証人の方が二手有ります。
1. 主婦?と思しき女性の方2名(普段着でした)
2. 男女2名の方(服装は、どちらもスーツ姿)

実は、以前知り合いからエホバは、2種類?との情報を聞いて折
どちらにも同じ質問をぶつけて見ました。
1. の方は、前面否定…偽者?とも言ってました。
2. の方は、状況説明と違い等詳細に語って折られました。

1. の方は、その後の質問も無視…決められた事を棒読みして、
お帰りに成られました。
2. の方の話では、1. の方は、分裂した片割れで教義も価値観
も別で、平気で虐待(しつけと称して)を行う集団と仰ってまし
た。自分達の本部は、北米に有るとも仰ってました。
未成年(国の法律に依存)の入信は禁止、10代の場合は、見習い
(仮入信)扱いで、強制等は一切禁止、両親が子供に対して手を
挙げる等の行為を協会等で見つけると最悪、強制的に退会させ
るとも…あと、クリスマス(とは、言わないが)は無い、個人的には、
ケーキ買って食べますとの事。

投稿日時 - 2008-01-17 04:45:05

ANo.35

質問者さんはこんなことはわかっていらっしゃるかもしれませんが、
暴力はエスカレートするってことですかね。

虐待は推奨していないが、体罰は推奨している。でもその境界線が主観的である。だから意見が食い違うと言うことでしょうか。

体罰が虐待かの境目は『子どもの成長のためを考えた上で、最善の方法をとったか。最善であれば体罰であり、より良い手段があるのに体罰の手段を選んだらそれは、親のエゴであり虐待である。』という話を聞きました。

ご参考までにコメントさせていただきました。

投稿日時 - 2008-01-05 20:59:53

ANo.34

昔の事はあまり知りませんが、色んなことを見直されていると聞きます。
家族からすれば躾の一環でも、外部の人からみれば虐待。
一般的に考えても親が虐待を好むわけがありません。
ですから虐待を会衆(協会)として推奨などありえません。

排斥(除外される人)になる人が時々いらっしゃるようですが
昔は会衆ごと排斥になったところもあるみたいです。
ですからそういった人達のところには調整された新しい情報は入らず、
古い教えや、間違った個人の考えで行動されており、
正しく行動されている方々が非難されることもあるようです。

よく言われている事は「調べる」ということです。
ネットでお調べになるのも結構ですが、科学者のように
ご自分で探求されることをお勧めします。

わたしは聞きかじった者で、世間一般と比べても間違っていない情報を
持つ宗教だと思います。

投稿日時 - 2007-12-13 14:33:50

ANo.33

自分は「いいえ」と答えます。
実際にエホバの証人を親に持つ中学3年生です。尚、自分は中学生になるまで親が行く週三回の「集会」(一時間程度の宗教的な話がある)へついていっていたのですが、「虐待」というレベルのことを推奨されたことはなかったとはっきりと記憶しています。「しつけの為に鞭を用いる」とは言われますが、これは行儀が悪かった時などに尻をものさしあたりでぶったたかれるくらいのものでしたし。「虐待」という感覚ではないと思います。一昔前は学校などでも行われていたという「体罰」といった感じでしょうか。

投稿日時 - 2007-12-09 14:53:15

ANo.32

知ってますよ、昔行ってた。
確かにモラル教育には厳しいですね。でも悪いことじゃないですよ。
信仰心が強く自己の良心を狭くできている人は考えがあれって思うけどモラルはしっかりしてますよ。他の回答に包丁持ち出しとかあるけどこらはその人がマジ信仰の人じゃなくてサークル感覚で仲間ほしくて行っていたんでしょうね。会衆で虐待推奨はしてないでしょう。まず首になります。ただ過去に会衆単位で首になったところがありますからね・・・やっぱ人間だから不完全なんだよ。道徳教育として出版物だけもらうのもいいかも。結構ヒューマンカウンセリングに役立つこと書いてますよ。宗教的な要素はもちろん多いけど・・・
あと「普通」の感覚がちょっと違いますけどね・・・あの人たちは

投稿日時 - 2007-11-18 01:19:39

ANo.31

エホバの証人「せっかん死」事件の報道
http://www.jwic.com/abuse.htm

こんなのもありますよ。
ちなみに私の家は、祖父、祖母、母、妹がエホバの証人で、
生まれた頃から集会という集まりにに連れて行かれています。

まだ私が2・3才の頃は、母が研究生で、子育ての仕方がわからず研究司会者に尋ねると言う事を聞かない時は叩くように言われ、最初はかわいそうで出来なかったそうですが、研究の中で繰り返し、「単なる少年から懲らしめを差し控えてはならない。あなたが彼を細棒でたたいても,彼は死なない。細棒をもってあなたは彼をたたくべきである。その魂をシェオール(墓)から救い出すために」という聖句を引用した愛のムチを勧められ、叩きはじめたら今度は、どんどんエスカレートして私が中学生の頃には、言う事を聞かないと、包丁を持ち出してくるほど大胆になりました。

つまりは、エホバの証人の組織に忠実に着いて来る人間を製造する為にムチは必要なアイテムなのでしょう。

これを虐待と言うのかどうかは分かりませんが、私はこの親から愛されていると思えたことは一度もありません。

参考URL:http://buta.exjw2.org/muchi_2.htm

投稿日時 - 2007-11-14 02:54:21

ANo.30

こんにちはエホバの証人の関係者ではありませんが、回答させて下さい。
周りや他の方の話を聞いてみると、一部では虐待まがいの事も行われている反面、別の所ではまったく普通だったりと、地域によって差があるみたいですね。
大きな団体なので、そういった地域差は有ると思います。
ちなみに申し訳ありませんが、私は『エホバの証人』はあまり好きにはなれません(団体におられる全員を否定しているのではありません)。その理由は以下の話からです。
今すぐ子供に輸血しなければ死ぬという重大な事故が起こった際、信者である親が、断固として自分の血をわが子に輸血するのを拒み、結果子供は亡くなってしまいました。
私なら輸血する事が、たとえ神に背く事になろうとも、自分の子供を助けようとします。神を信仰する事は良い事だと思いますが、それで人が不幸になっては意味がありません。
『自分の子供の命1つ助ける事も出来ないで、何が神だっ!』と思います。

例えばこんな話が有ります。各村の村長さん達が集まる会合で一人の村長さんが自慢気にこう言いました『私の村にはたいへんな正直者がおります、どれ位正直者かというと、息子が罪を犯したとしても、
すぐに通報し、警察に突き出すでしょう。どうです?素晴らしいでしょう?それ位に正直者なのです。』それを聞いた、違う村長さんはこう言いました『私の村にも正直者はいます。
しかし、私の村の正直者はあなたの村の正直者とは違い、息子が間違いを犯しても警察に突き出したりはしません。その時は親は息子を庇い、息子は親を庇おうとするでしょう。』
この話は人の情を説いた例であり、エホバの一部の神を信仰する事を勘違いしている人達はもっと人の情を一度考え直してみてはどうかと思います。
生意気言ってすいません

投稿日時 - 2007-11-10 02:42:37

ANo.29

私が知っている「エホバの証人」とあまりにも違うためびっくりしました!

「エホバの証人」は団体の違うキリスト教です。
系列はプロテスタント(聖書に忠実)と同じです。
世間にすんなり受け入れられたプロテスタントと違うところは
聖書の翻訳が微妙に違うらしく新しい訳の聖書を作ったことと
(私はこの訳に変わってどれほど内容が変わったのか判断つかなかった)
それをもの凄く真面目に(人によっては盲目的に)守っていること、
そのため「輸血しない」ことで時々ニュース沙汰になるところでしょう。

非難している方の多くは「子供の頃信者だった」とか「1年くらい信者だった」とか言いますが
エホバの証人は数年単位の長い時間をかけて聖書の勉強をして
聖書の内容を納得したうえでないとなれないはずですよ?
(つまりいやだなとか教えが変だなと思ってる人はなれません)
もちろん判断力のない子供もなれません。
むやみに信者を増やそうというする地域なのかもしれませんね。
更に「体罰するのは偉い」なんて言ってるのなら、
明らかに趣旨を間違えてる危ない団体に変化してるので関わらない方が無難でしょう。

暴力とかの悪いことは真似しやすいので
そういう行為が全信者に浸透していないと言うことは
会衆(協会)としては虐待を推奨していない、ということです。

私の周りのエホバの証人さんは穏やかでいい人ばかりです。
こんなに善良で大丈夫かと心配になるほどです。
教えに沿わない人でも責めたりしませんよ。
(穏やかに諭されることはありますが絶対強制はしません)
場合によって罰が必要という話も聞きましたが
聖書の基本で暴力は否定的なのですから
子供を叩いたなんて話は聞いたこともないですね。

確かにクリスマスなどの根拠のないイベントはしないようですが、
(↑有名ですがキリストが生まれたのは12/25じゃないため)
クリスマス限定のおいしいケーキが発売になれば
買って普通に食べると言っていました(笑)
聖書の教えに反しないなら季節の行事やパーティもします@
子供に必要なものは、誕生日やクリスマスを待たず時期を見計らって買い与えます。
限定された時期だけでなくいつでも愛情いっぱいに育ててもらっている
子供達は素直にすくすく育っており、全然「かわいそう」じゃないんですケド・・・
(イベント大好きで、恥ずかしがる子供に無理矢理豆まきさせる我が家の方がよっぽど可哀想?(笑))

私は強欲だし聖書の疑問点も多いのでエホバの証人にはなれませんが
時々話を聞くと、自分を見つめ直すいい機会になります。

投稿日時 - 2007-10-30 21:41:50

ANo.28

現在エホバだったり元エホバだったり親がエホバだったりする方はやはり、普通の人とは認識が違いますね。そりゃあ全部が間違ってる宗教なんてあるはずが無いでしょう?
現実をみなさいな。ああいうのは狂信と言います。

そういう私も母がエホバ(それもその地域(エホバ内)で尊敬される立場にありました)で、散々な目に遭いました。私は子供の頃から従順なタイプでしたが、よく"貴方が良い子に育つように打つのだ。打ったから良い子になったのだ"と鞭で叩かれました。
弟が非常にやんちゃで良く悪戯をするので、その度に"弟を打つなら僕を打って"と言い、代わりに打たれてきました。お腹を何度も蹴られ、暫く御飯が食べれなかった事もあります。熱したスプーンで付けられた火傷の痕は、お陰様でまだ肩に残ってますよ。

当時の私は幼く、それでも母の愛情の裏返しだからと我慢していました。結果父が私の体中の痣に気付き、夫婦内に暗雲が立ち込め、その中で母は他に男を作って離婚になりました。
その時は弟と二人で喜んだものです。

今現在エホバである方にその話をすると"貴方の母は偉大だ。その鞭の一振り一振りが、貴方を立派に育てたのだ"等と反吐が出そうな事を口にします。気がどうかしているとしか思えません。
私がそれなりに他人から褒められるように育ったのは、離婚後父が男手一つで私達に愛情を持って接してくれ、時には怒り時には助言をくれ、そして一度も彼の口から母の悪口を聞かなかったからです。(父はその当時私たちが母を、母が私たちを"間違ったやり方でも"本気で愛していたであろう事を知っていたからです)

エホバはそれは原点が聖書ですから、良い事を書いているでしょう。教えという形で。ですが、そもそもどの宗教も何故そんな風に宗教に入らねば自己を確立できないのでしょうか?キリスト教の人が言うのは"善悪を作ったのは宗教(特にキリスト教)だ"と言いますが、別にそれが無くてもハンムラビ法典然り、武士道然りで形成されているでしょうに。
彼等信者は余程心が弱いと見える。そしてエホバの信者もまた、心の弱い人なんだと私は思っています。
…すみません、これは完全に蛇足ですね。

エホバの虐待は私自身の経験を通して言いますがありましたし、現在の信者の反応を見る限りあると思います。それが全体で推奨されてる訳でなくとも"ある"んです。
信者と言う形態を持つ宗教はやはり、どこか胡散臭いです。キリスト教やイスラム教のように、既に肥大化しつくして文化にまでなっている宗教はまた別の話ですが。…尤も彼等の一部もまた、狂信ですけれどね。

投稿日時 - 2007-10-30 14:45:05

ANo.27

私の母は元エホバの証人の信者でしたが、虐待などと言うことはなく、ただ純粋に進行していたと思います
なぜ過去形なのかといいますと、私の父と出会ったときに離れてしまったからなのですが、私が子供のときはいろいろ話しをしてもらって、今でも教えは私の中にあります。
その母が言うには、子を諌める事は仕方がないが、愛なき罰は与えないということです。
私が子供のころ、よく、尻を鞭(固形の棒状のり)でたたかれてはいました。しかし、それは与えられるべくして与えられた罰なので、私自身それを虐待などとは思っていません。
行き過ぎた暴力を虐待と取ってしまうのは仕方がないかもしれませんが、少なくとも信者全てがそうであるとは思ってほしくありません

投稿日時 - 2007-10-09 17:13:31

ANo.26

私は元エホバの証人です。親がエホバの証人だったので物心ついた時にはすでに信者でした。
『虐待』と言う言葉ですが、この言葉はおかしいと思います。私は17歳ぐらいまで信者で、ムチで叩かれたりは普通でした。今までこれが虐待と思ったことは一度もありません。
間違った事をすれば怒られる、親としたら叱るのが当然です。それにエホバの証人でも子供に対しての扱いは皆さんまったく別です。協会が虐待を推奨してるなんて馬鹿げています。
あと一つ、勘違いされてる方が多いようですが、エホバの証人は自分の子供を無理やり信者にしようとは一切思っていません。確かに小さい時は無理やり集会に行かせたりしますが、家に一人で置いておく訳にはいきませんからね。
大体、小学高学年辺りから信者を辞めて行く子供が多いです。やるかやらないかは自分の判断です。

投稿日時 - 2007-10-03 13:02:22

ANo.25

 まず、エホバと児童虐待の関係ですが、これは確実にあります。

 なんか、エホバじゃなくても虐待する奴はいるなんて的外れなことを言っている人もいますが、個人的な虐待と思想的背景があって行われる虐待とは質が違います。
 個人的な虐待は、虐待する本人が当然と思っていることも、そうでないこともありますが、周囲が気づけば周囲が圧力をかけることができます。この圧力は、対処が適切であれば個人の抵抗を圧することができます。
 他方、思想的背景があって行われる虐待は、まず本人は当然と思っていますし、周囲(エホバのことです)も同じく当然と思うので、行政などが圧力をかけてすら、抵抗しきることが可能です。

 要するに、組織的背景のないヤンキーの暴力と、暴力団がバックにいるヤクザの暴力の違いです。対処するのに、後者は組織力が必要なので、両者を分けて考える必要があるということです。

 基本的にエホバの教義には一般社会と軋轢を起こすものです。巧みに解釈して軋轢をかわしているグループもあるでしょうが、そうでないグループもあります。自分の知っている事例や、自分の属しているグループが、軋轢をかわしているグループだとしても、エホバが孕む問題が解決されていることにはなりません。
 きちんと監視して、必要と感じたら行政などの組織的対処ができる所に話を持ち込みましょう。

 ヤンキーとなら、それなりに腕に覚えがあれば戦って勝てますが、ヤクザと個人が戦っては、勝てないからです。

投稿日時 - 2007-09-27 20:02:38

ANo.24

nanakusagayuさんの質問を見ているとエホバの宗教に対して中傷を言いたいのかネットを通じての個人的な宗教偏見で何が言いたいのか良く分かりません。別にエホバの証人でも無いのに何故虐待が有るのかどうか知りたいのか?
私はエホバでも有りませんが、身内がエホバです。別にかばう気持ちもありませんが、貴方は人の意見で自分の考えを「やっぱりそうか、違うのか」を確認したいだけでは無いですか?どうしてご自分で直接確かめないのですか?
私は始め妹がエホバになった時、凄くいきどおりを感じ無茶苦茶に責めまくりました。今でも認めている所と認められない所が交差しています。(親が仏教なので葬式や法事等で)
母が亡くなった時も余りの頑なさにあきれましたが、今ではその他の教えが頂く冊子の中から改めて勉強になる事が沢山あります。
本当に沢山良い導きや、分かっているんだけど改めてきずく事が有り
悔しいけど「そうですね~」って思います。
私も昔はエホバの人にくってかかって(妹を取られたみたいで)小ばかにした質問をしてましたが、丁寧に答えて下さいました。
今も時折 結婚した地でも訪問されますが子供の躾、親の責任、夫婦の問題等ありとあらゆるジャンルでの冊子が出ていて、頂いた時には関係なくても後で参考になる事が沢山あります。
そりゃ たまには独りよがりちゃう?ってのもありますが 逆境にもポジティブ的考えで立ち向かう精神に呆れながら?感心もしますが、宗教の世界や営業の世界では日常的な事だと思われますが・・・。

私も2人の子供を持っていますが、言い聞かせるために多少お尻を叩いたり、背中を叩くのは日常的な事で子供も何故叩かれるのか分かっています。子供に手を出さない家族がいない方が探すのが難しく思いますが・・・買い物にでても凄い汚い言葉で子供を叱り付け思わず振り返る程の大きな音で叩く音が聞こえてくる事もしばしばです。
ご近所の方の子供を怒られる声が気になるみたいですが、見るからにぐったりしてる、親といるとビクビクしている、体にあざが有る等が有ればそれ相応の対応が第三者として早めの対応が必要かと思います。
私の子供も今、保育園にいますが一ヶ月に一回は身体測定として体重&身長を肌着になり調べます。多分これは未然に虐待を察知するものでも有ると私達は思っています。

世界中沢山の人口がいるだけ宗教も星の数だけあります。一概に良い悪いはいえません。私は無宗教ですが、神にすがるという点では共通していて神と言われる頂点は一つなのだろうと思っています。
反対にそれだけ信じられるパワーは凄いと感心してしまいます。
一度こちらで尋ねるよりも ご自分で納得いくまで話してもらったら如何ですか?耳に痛い質問でも かれらは喜んで答えてくれますよ。
私の知っている集会所の方では 貴方の思っている事は全くありません
むしろ私が体罰を与えるとこっちが正される位です。まずは子供の目線で善悪を問いただし子供に考える力を付ける事です。
人の意見に左右されず 何事にもご自分の答えを見つけられる事をお勧めします。

投稿日時 - 2007-09-24 09:06:20

ANo.23

RYZ

エホバの証人は一般人である私からすると
"胡散臭い"です。

その"胡散臭い"宗教を後ろ盾にして躾を行うこと事態間違っているのではないでしょうか。
子供には信仰の自由はないのですか。
虐待の事実はわかりませんが、
「被害者の会」が発足するような宗教をモラルとして、
子供たちを教育することに憤りを感じます。
普通の子と同じ生活を送らせてあげましょうよ。
それこそが楽園ですよ。

投稿日時 - 2007-09-07 18:39:31

ANo.22

これは自分の意見ですが、
まだ分別もつかない幼児、児童を集会に連れて行ったり
聖書研究を強制させ、嫌がると「楽園に行くためなのだから」と
教え込むこと自体ある意味虐待なのではないかと感じます。

先日もある会衆の集会に顔を出したのですが、ほんの6歳、7歳ほどの
小さな子供たちが日曜日の朝2時間以上もある集会の講演を
居眠りひとつ全くすることもなく、真剣に聞き入り、時に聖書に関する
難解な質問にも積極的に(自分には母親に強制されているようには見えなかった)自分から手を上げて答える姿に異様なものを感じました。


子供に対し「宗教を信仰するか信仰しないかを選択する自由を奪う」
これは虐待と言えるような気がします。

投稿日時 - 2007-08-29 23:12:52

ANo.21

虐待と考えるかどうかはお任せしますが有名な実例を紹介します。
10年ほど前メキシコ系アメリカ人ポップスターのセリナという有名歌手がおりました。 有名になったのはいいのですが精神異常のファンの一人に銃で撃たれてしまいました。 彼女は病院に運ばれましたがこの時なんとエホバの証人に属する両親は医師がセリナに輸血をすることを拒みました。 エホバの証人の教義では輸血=血を飲むことですから禁止です、これは旧約聖書にある文を彼らなりに解釈したものです。 キリスト教では輸血=隣人を愛すること、隣人に助けられることですから良いことです。
セリナ本人はおそらく意識がしっかりしていませんでしたので彼女がどちらを選んだかは分かりません。 さてセリナさんの両親の行動をどうとるかはあなたの判断にお任せします。
教義>愛  ?  愛>教義  ?
愛<規則  ?  愛>規則  ?

投稿日時 - 2007-08-29 14:39:47

ANo.20

私も以前そうでしたが、全くそういう事はありませんでした。
懲らしめはありましたが、それもゴムホースで尻を叩かれるのみでした。

私の周りは優しい人が多く今でも印象はいいです。

むしろ虐待というのは一部で異例なケースと思われます。
まあ、そういうおかしい人も出てきてますが。(最近の事件でもありましたが)

投稿日時 - 2007-08-17 19:36:53

ANo.19

虐待を推奨しているのではなく、規律が厳しいのとしつけの一貫から、一般より厳しく感じます。あたしの親は両親ともエホバの証人でした。中学に入った時に「エホバに行きたくない」といったとたん、豹変しました。父親は長老(リーダー的な位置)だったため「自分の顔をつぶした」といって殴り続けられました。母親も気が狂ったようにガスのゴムホースの切ったのを持ってきて、たたき続けました。すごいみみず腫れと顔もたたかれたので腫れて1週間いけなかったのを覚えています。
「集会に行きたくない」と抵抗するたびに、これは繰り返されました。

結局、宗教に特定されたことだけでなく、親の理想がある家庭ではしつけが厳しくなり、それに反した言動や行動があると、異常なまでしつけといってたたくというのと同じことだと思います。基本的にエホバの証人になる人は、真面目で完ぺき主義な人が多く、このパターンの親に限ってはよくあることだと思います。同じ年齢のエホバの証人の子は、一般的な子供と変わらない生活を送り、ただ宗教してるってだけで生活している子もいました。その親は「子供にも意思があるから」といってあまり、しつけも厳しくなく、離れた子がいても「子供の人生だから強制はできない」という考えでした。

おかげで、中学2年の時から胃潰瘍寸前のため、胃薬のむ生活になり、そのころからパニック障害も出始め、社会人になってからは摂食障害になり、精神的に追い詰められていたので、気が付くと自分で自分の手をカッターで切りきざんでいて、血で真っ赤になっていたのを覚えています。(自傷行為という心身症の一貫)何か人間関係が上手くいかないことがあると、常にそういった心身症の症状が出て、30歳でカウンセリング受けて心療内科に通い、その結果、ようやく自身の中で心の処理ができ、現在やっとこさそういった症状に悩まされることのない生活をできるようになりました。宗教しているいない以前に、親の考え次第だと思います。

あたしの場合は社会人になってから、その宗教にかかわることやめ、勘当同然で出て行き、自立することで解決しました。しかし最近になって、思うのは、その宗教に留まった子供は、40歳近くなってもアルバイト生活、自立もできておらず、結婚もせずといった子供を数人聞いてますが、社会的に問題ありだと思います。うちの弟も宗教こそいってませんが、結果的には20代の大半を就職もせず、宗教の活動だけしていたことにより、一般の社会人からはずれているのでなじめず、未だにフリータ状態。もっと悲惨な話で言えば、60歳越えた人だと、今までの人生宗教につくしたため、アルバイト生活。60歳になって年金ももらえないため、未だに働かなくてはならず、年齢のため安い給料でしか働けないので、生活のため仕事増やし、あげく宗教活動も参加できず。なんのために、人生捧げてきたのかあたしには疑問です。

あたしがしていた頃よりは、規律にこだわりすぎることもないようなので、虐待というほどのことではないですが、しつけは一般より厳しいと思います。

投稿日時 - 2007-08-03 09:47:47

ANo.18

こんばんは。回答失礼します。

たかだか家の近所の女性一人を見て、エホバ全体が虐待を推奨していると思うのは早急に過ぎると思うのですが、どうでしょうか。

無宗教でも宗教やってる人でも、子供をひどく叩く人間は居るでしょう。なんでエホバと関連させたがるんですか。

僕だって子供のころ、母親の体罰に耐えかねて「やめてーたすけてーもうぶたないでーごめんなさい!」と近所中聞こえる声で叫んだことは一度や二度じゃありません。それでも虐待、だとは思ってません。

あなたは誹謗中傷ではなく、とか論争を招きたいわけではない、などと言っていますが、どう見ても宗教批判にしか見えません。

大勢の人間が信奉している信念に対して懐疑の念を述べるのであれば、それなりの証拠でも見つけてから口出しして下さい。

あまりに独断と偏見に過ぎると思います。

以上です。

投稿日時 - 2007-07-30 21:44:35

ANo.17

私は小学生の頃から母親といっしょに活動していました。今は疎遠になってしまっていますが・・・ただ今でもその頃からたくさんの教えを教わりました。私もおろかな人間の一人ですのですぐに流せされがちになってしまいますが、やはりその頃の正義がどこかに働いて今に至っています。確かに聖書の時代と現代では明らかに事情が違いすぎます。しかし親が子供を思う心、人が生きるためにあるべき姿などいつの時代でも普遍的なものもあります。自分が親になってつくづく感じております。本来の質問の児童虐待はあるか?についてですが、教義に虐待しなさいなど当然出てきません。他の宗教でも同様だと思います。時代が違うので比較はできませんが、修行で巡礼したり滝に打たれたり鍛錬?でお寺で叩かれていたり火の炭の上を裸足で歩いたりするのは虐待ではないでしょう。私も中学時代に先生から両手張り手や竹刀で叩かれたりもありました。ただそこだけを見られたら虐待と受け取られるかもしれません。今の子供たちは叩かれる=虐待と思っていますが、それは上記と同じ理由ですべてが虐待ではありません。当然行き過ぎると虐待です。親鳥が巣立ちになるとある日突然餌を与えるのを止めます。当然そのままでは餓死してしまいます。影でのフォローもあります。
今虐待での話がホットになっていますが、他にもいじめや殺人事件、凶悪犯罪、なくならない戦争、環境問題などさまざまな問題がとりだたされています。エホバの証人の生き方は虐待だけでなくそうしたすべてのことに答えを出しています。虐待だけで話題になるのは残念です。

投稿日時 - 2007-07-29 21:01:13

ANo.16

私は子供の頃からエホバの証人の母親とそうでない父親の家族に育てられました。
虐待はあったのか?答えはNOです。悪いことをしたときに懲らしめと呼ばれるものはありました。
でもそれは必ずしも体罰であったり、叩くという行為に限定されたわけではありませんよ。
まずは言葉で注意されました。何度も同じ事を繰り返したりしたときに、お尻をたたかれることはありました。おこずかいナシのときもあれば、おやつナシの時も、もちろんありました。
母が感情に任せて私を叩くとうことは一度もありませんでした。
お尻を叩かれる前に何故叩くのか、母はじっくり丁寧に説明してくれました。ママはあなたを愛しているからいい子になって欲しいと思うから懲らしめを与えるのよと。
ですから子供心にも悪いことをしたけれども、私自身ではなく悪いことを母が憎んでいるのだとはっきり理解できました。
叩くといっても数回パチンと叩かれるくらい。自分で虐待されていると思ったことはありません。もちろん叩かれた瞬間は痛いです。
でもあざになったり傷になったりしたことはありませんし、そこまでのレベルになるようで懲らしめではありませんよね?
お尻ペンペンが終わったあと、母は必ず私を抱きしめてくれました。
ですから自分は母から愛されていると感じることが出来ました。
懲らしめとは矯正を指す言葉ですから、叩く=体罰と結論つけるのはどうでしょうか?
本来の懲らしめとは必ずしも叩かなければ分からないということではないと思います。
一般の方からすればアレもダメ、コレもダメと子供が可哀想と思うのかもしれませんが、私は子供のときから自分自身でこれを行うならエホバを悲しませることになると思ってしなかったことはたくさんあります。
だから納得のいかない子供は親が信者であっても辞めるのではないですか?
現在ではもし叩くなら一回でいいでしょうと言われています。
ただ解釈はそれぞれの親御さんによって異なりますので、そのあたりが難しいのではないでしょうか。
話は少しそれますが、私は海外でも生活したことがあります。
一般に日本人は真面目ですから、学んだことを厳格に実践したいと思う方が多いのかもしれません。
集会も静かに話しを聞く(もちろん学びに行くのですから静かに聴くのは当然だと思います。勉強するために大学へ行く人が授業に集中するのと同じです)のは基本ですが、国が違えば飴を舐めたり、コソコソ話をする人もかなりいますよ。
それがいいとか悪いとかの問題ではなく、あくまで事実ということで述べました。
どこの家庭の親も完璧ではありませんから、全てのことに道理にかなった見方・行動ができるとは限りません。一部でそういったことがあるとすれば悲しいですね。
長くなりましたが、結論からしてエホバも協会も今も昔も体罰を推奨してはいません。
ハッキリ分かっている神の原則以外の判断は、それぞれの個人の良心に任されています。
その中でその人なりのいろいろな解釈が出てくるのかもしれません。
仮に周りから体罰じゃないかと思われることがあったとしても、子供が憎くて叩いてるのではなく、愛しているからという理由です。

投稿日時 - 2007-07-17 16:22:49

ANo.15

虐待のことは知りませんでしたが、
私なりに気になることがあります。

夏休み等、子供が布教(と言っていいのかな?)に回ってきます。
大人だとドアを開けてもらえないからだと思うのですが
まだ小さな子が棒読みで丸暗記したような話をして
一軒一軒回り、様子をうかがうように背後に離れて立っている大人。

子供が一生懸命話しているので、断ることに後ろめたさも感じるし
そういった事につけこむ為に子供を利用しているようで不快です。
暴力を目にするのも嫌ですが、こういった行為も見たくないと思います。

投稿日時 - 2007-07-03 22:17:17

ANo.14

中学生の頃(今から25年くらい前です)に通っていた塾の入っていた雑居ビルの隣の部屋で、僕らの塾の時間と同じ時間帯に「エホバの証人」の会合(会合って言うんでしょうか?)をやっていました。
そして、塾の休み時間に恐ろしい光景を見ました。
みんなで鬼ごっこをしていたんですが、非常階段に何気に行ったら、そこでエホバの信者の母親が自分の子供のお尻を丸出しにして、ムチで思いっきり何回もひっぱたいていたのです。ムチも相当太いムチで、子供は泣き叫んでいましたよ。
しかも、母親の方は、僕らと目が合っても全く意に介さない様子で何度も何度も叩いていました。25年経った今でもあの時の光景は目に焼きついております。
その後、エホバの証人では必ず子供を会合に連れて行くということと、子供に厳しい体罰を与えるのだ、という話を誰かから聞きまして、その時もことを妙に納得した覚えがあります。

ところで話は変わりますが、私が小学1年生の頃、実は私の母も半年ほどだけエホバの証人に入っていたことがあり、私も連れられて行ったことをぼんやり覚えています。
ただ、私の母は私に対して厳しい体罰を与えたという覚えはありません。
あまりにも昔のことなので私が覚えていないだけかもしれませんが。
しかも、母は半年程度でやめているので、あまり教義に染まっていなかったのかもしれませんが。。

ご質問者様の指摘は、前半の私の中学生の頃の体験談及びその後エホバのことを他人から聞き及んだというくだりからも分かるように、周知の事実として体罰はあったと思います。

※書きながらまたあのムチの母親の顔がはっきり思い出されてきました。^^;

投稿日時 - 2007-03-28 14:54:37

ANo.13

母親が証人である研究生です。

現在証人の方と研究していますが、その方の話によれば昔はものさしでお尻をたたくなどの行為があったことは事実のようです。現在ではないですが。

エホバの証人の教えでは子供に『懲らしめや戒め』を与えることは必要である、と教えられています。このことは推奨されていると言っていいと思います。
単に、この『懲らしめや戒め』の度合いが昔と今とでは違っているために回答者の方々の意見が分かれるのではないでしょうか?

いくらエホバの証人が『世界的に一致して』行動しているとしても「戒めと懲らしめと体罰」のように定義が曖昧なことでは、地域によって差ができてしまうのではないでしょうか?


体罰による『懲らしめや戒め』があったことは事実ですが、それが虐待と呼べるものであったかは地域・個人で差がある、というように思います。
現在は虐待と呼ぶような行為はありません。すくなくとも私の見える範囲では。

投稿日時 - 2007-01-13 03:26:27

ANo.12

ありますよ。
義理の兄が熱心な信者で、子供にいつも手を上げています。奥さんも信者なのですが、その虐待(と言っても良いかしら?)があまりにもひどいので、離婚する事になりました。
義兄はなんとしてでも子供をひきとろうとしていますが、奥さんはそれを拒否、今裁判中です。

投稿日時 - 2006-11-05 03:03:01

ANo.11

ともかくご近所の方の子供の悲鳴を聞き逃さないで、至急!最寄の児童センターに匿名で構わないので、電話して下さい!その信者の方も一旦自分の「躾」について第三者からアドバイスを受けるべきです。その子供にとって手遅れにならない内に!!

投稿日時 - 2006-10-17 15:56:54

ANo.10

随分古いスレだったんですが、思わず回答します。
質問の件ですが、現役信者はそう思っていないです。加えて、懲らしめの鞭に参加しない若い主婦の姉妹を、年配の姉妹が上手に××します。むしろ、児童虐待より、こっちの方が問題は深刻です。(モラルハラスメント・パワーハラスメント・ネグレクト)
現実をよく観察しましょう。被害者の声に耳を傾けてください。
http://www.alles.or.jp/~philip/jw%20child.html
http://www.jwic.com/home_j.htm
http://www.d2.dion.ne.jp/~majinbuu/index.htm
http://yosh.exjw.org/
http://fadeoutjw.web.fc2.com/

数年前に、アメリカで、児童×××をしている現役長老を、TV番組で暴露した現役信者が、「中傷」で排斥(エホバの証人を懲戒免職になる事)されました。(児童×××をしていた現役長老はおとがめ無し)
http://www.d2.dion.ne.jp/~majinbuu/nbc.htm

投稿日時 - 2006-08-20 10:11:12

ANo.9

何を持って独特とするかはむずかしいところですね。
家によって教えることは違うでしょうし。

推奨はしていません。機関誌であるものみの塔は一般の人にも広く読まれていますから明らかですが、虐待はおろか暴力によって子供を躾けるようにとは1度も書かれていませんよ。

私自身70年代にエホバの証人の親に育てられ躾けられましたが虐待されたとは思っていませんし、そのような事実もないです。

特に最近は教え諭すことに重きを置いていますし、鞭をしているところを見ることもありませんね。(世間一般の尺度で見ても躾が甘すぎると思える親も結構多いですね。ある意味自由放任のような・・・。)

投稿日時 - 2006-08-09 17:50:08

ANo.8

私は中部地方のJW家族です。
私には子どもが3人います。
悪い事をした時など(以下に程度の例えを記します。)は放任するのではなく罰をあたえる事があります。
例)私の前で兄弟喧嘩をしました。下の子のおもちゃを下の子が遊んでいるところに上の子が貸してほしいと言ったところ、下の子は「いやだ」と言い切って喧嘩が始まりました。最初は当人らで解決出来れば思っていた所、次の瞬間に上の子がいきなり下の子を押して倒してしまい下の子が後ろに倒れて頭を打って怪我をしたのです。
私はそのとき、先ずは下の子供の治療を優先しました。そして落ち着いてから上の子を呼んで叱りました。この時に上の子は下の子の怪我をひどく気にしており後悔していたので私はこうなった原因は譲り合いがなかった事と暴力がいけない事だと出来るだけ子供にも分かるように時間をかけて説明しました。
例2)親の言う事を全く聞かずに、何度も同じ過ちを繰り返す事があった時には、お尻を私は自分の手で叩いた事があります。子供は泣きましたが私は子供にとって必要だと思ったのでおしりを叩きました。しかし虐待が目的ではありません、懲らしめを怠るといけない時に子を想う親として判断しました。間違ってもアザが生じるほどのものではありません。
・・・こうして文章にしてみると状況を説明する事が本当に難しくおもいます。

投稿日時 - 2006-07-11 17:16:00

ANo.7

私は昔(と言っても、抜けたのは7・8年前です)やっていました。
母に連れられて、物心つく前から15・16歳くらいまで聖書のある暮らしをしてきました。
ある程度になって、自分から止めました。

結論からいうと、私のいた会衆では躾が厳しいと思われる家庭がほとんどでした。
言い聞かせる事がメインで、めったに手をあげないお母さんは影で、「甘い」と言われていたのも事実です。
家は母子家庭だったので、その辺の苦労も手伝ってか特に我が家は今で言う虐待と思われるような暴力も日常的でした。

会衆から去ったのは、聖書には親を敬うようにと子どもに向けての言葉があったのですが、とてもじゃないけれど、尊敬に値するような親ではないと思い始めたのと、周りもそれが当たり前の空気だったからです。

あまりにも厳しく躾けられたからなのか、私と同じ世代から3・4歳年上くらいまでの2世と言われる親から学んだ子どもたちは、私が止めようと思った時期に次から次へとボロボロ止めていきました。
毎週、集会で断絶や排斥の伝えがありましたよ。
私は、ある日を境に親から逃げるように突然家を出たので、それっきりになっています。(母とは和解しています)

現在は、地元を遠く離れた都会暮らしで、普通に一般人と結婚し子どももおります。
たまたま、家へこちらのエホバの証人が来られて、少しお話した事がありました。
そこで、びっくりした事があり・・・
都会だからなのか?謎ですが、私のいた会衆の色とは全く違う感じでした。
私のいた所では、流行の服を着るだけで「悪」とみなされるのが当たり前でした。
ですが、こちらは普通に可愛いおしゃれな格好しているんですよね。

つまりは、場所によって大きく違うのでしょうね(^^;;
他にも差と思われる事が沢山ありましたが、最初からこちらにいれば私の人生ももっと違ったのかな?と思う時もあります。

だからといって、もう、一度ついた不信感は拭えないので戻ることはせずにお断りしましたが(笑)

私のいたド田舎の会衆では、躾と称する暴力は集会中でも、日常でも当たり前だったのは事実です。
それを親が、誰からか止められる事もありませんでした。
おかげさまで、厳しく育てられた分、年相応以上の精神年齢になっていたと思いますよ。特に、思春期にはそれが強く思われました。

投稿日時 - 2006-05-19 19:04:52

ANo.6

#1&#3です。

正直いいますと、私も会衆に所属していたことがあります。親は今も現役です。
1970年代に私は参加していましたが、質問者様が書いておられるような「強制的」なことはなかったです。

そのころに比べると、言論の自由や、男女平等、宗教の自由などをおおっぴらに出来るようになったので、目立っただけかと思います。

どうしても親のやり方が嫌な子供は 中学・高校くらいになると会衆から抜けています。虐待・体罰のようなやり方だったとしても(そういう事実はないと断言しますが)、本人が理解して納得していれば続けています。

私が小学生だった頃は~わざわざ「国旗に向かってXXできない」とわ言わずに、「XXしているふり」をすれば良いことでした。お葬式でも(現在でも)焼香はしないけど写真に向かっての一礼くらいはしますよ?


お正月、お節句、七夕、クリスマス等の禁止…それはその宗教の教えですから… 他の神様のやってることに参加するのは意味ないと思います。
エホバの証人以外でも、自分が信じる神様がイチバンだと信念を持っている人なら、他の神様には見向きもしないと思いますが どうでしょうか?

私は今はエホバの証人ではないし(ちょっと勉強しただけ)、今も特別何かの宗教をやっているわけではないですが、今の日本人の 教会で結婚式をして、クリスマスをやって、七五三をして、葬式はお坊さんというのは節操がなさ過ぎだと思います。

私のまわりでは実際にそういう(虐待のような躾の)事実はありません。断言します。

※どこか他の会衆ではあるのかもしれないですが~金銭が絡むような指導はされていないはずなのに、寄付を(結果として)強制するような勘違いをしている長老も居るようです。これも事実。やっぱり人間ですから・・

投稿日時 - 2006-04-20 22:46:41

ANo.5

回答に対する補足への返信で書いております。このように返信していいのか分からないのですが、間違っていたらすみません。

さて、いくつかご回答させていただきます。
私は現役のJWです。信者になって23年です。私の人生のライフスタイルとしてJWの活動を楽しんでいます。ちなみに社会的には普通の人です。小さな会社の経営しており、妻が居て、猫が好きな男性です。

>児童虐待に当るような躾を行っている親は一部の人で>ある。また、会衆(長老やベテラン姉妹)として普通
>でない躾や愛のムチ(体罰や虐待)は推奨、指導して
>いない。
そうですね。その通りです。また一般的に宗教(JWなど)にかかわりなく虐待に当たるような躾または懲らしめをされてる方は多く見られますね。それはその親自身が子供の頃に児童虐待を受けている経験が多くトラウマが原因であると言われていますね。
本当にこれは残念なことです。
ただ70年代に行過ぎた躾はあったと思います。今で言う児童虐待Child abuseというような状況はあったかもしれません。ですが、当時日本ではそのような見方も言葉も用いられていない状況で、そういった認識はなかったようです。これはJWの世界だけでなく日本人の世間一般の見方です。日本人は儒教の影響で厳しく躾けるのが美徳と考えられ昭和初期の子供たちは厳しく躾けられたでしょう。
さて、何をもって児童虐待と呼ぶのでしょうか。1962年にアメリカで初めてこの表現が使われてその後とりわけ、子供に対する性的な虐待をそのように呼んでいました。その後日本でも90年代になってこの児童虐待という言葉が使われるようになりました。
性的なまた身体の危険を生じさせる虐待それはムチを使うなどではなく、銃を突きつける、灼熱の車内へ放置する、致命的な暴行、性的な暴行などです。
日本でも確かにその傾向が近年見られるようになり社会問題となっています。

話を戻しますと、JWの間で70年代にハルマゲドンへの強い期待から児童虐待をしたというのは少し着眼点が違うと思います。もちろんそう理解されても仕方がない状況があったのかもしれません。しかし多くの日本人の親は基本的に厳しくJWでなくてもこの時代は体罰を普通に行っていました。学校教育でも体罰の問題が発生したのは80年代です。昔は学校でもたたかれるのは普通でしたね。
ですからその時代のJWがその影響を受けるのは当然であること、そして先回書きました一部の人たちの懲らしめに関する極端な解釈の結果がそのように感じさせたと私は思います。

もう一つ終末論ですが、確かに終わりが来ることにJWはいつの時代も備えてきました。なぜならそれは自分と人の命を救うことになり、そのことに強い関心を持っているからです。
聖書預言の理解は完全ではありません。ご存知の通り漸進的です。今でももちろんすべてが分かっている訳ではありません。なので信者でなければすべて抹殺されるのではなく、世の改善がなされるときに、私たちは命を大切にして行動したいと考えています。
終わりが来ても来なくても(自分が生きている間に)エホバの方法で聖書に書かれてる行き方は物事が良く運び幸福だからです。結果生き残ることができるかもしれません。
JWだけが生き残るとは聖書には書かれていません。
また今後どのように神がハルマゲドンの間に行動されるかそれも正確にはわかりません。
分かるのは神の性格、特質、これまでの行動の指針から、愛のある納得の行く方法を取られると思います。

長くなって申し訳ありません。質問の意図と変わってしまったかもしれませんね。

少しでもJWに対して見方が良くなればいいなと感じております。
最後まで読んでくださりありがとうございました。

追伸:毎年何万人という人が聖書に関心を持ちJWと交わるようになっています。その中には精神的な問題を持っている方、子供の頃のトラウマなどがあり問題を抱えている人が多くおられます。すぐに改善できるわけでもなくJWになっても問題を持つことはあり得ます。
少しずつ改善できれば嬉しいことです。

投稿日時 - 2006-04-18 11:39:04

ANo.4

会衆(協会)として虐待は推奨していませんよ。
一部の人たちが極端に解釈して厳しく子供を懲らしめてそのように感じさせるきらいがありますが、
全体としてまた正確には虐待になるような懲らしめは教えていません。
聖書には懲らしめにむち棒を使うとありますが、それは文字通りのむちではなく、そっと方向付けるようなことを意味しています。
子供が3歳までにはある程度の懲らしめが必要であることは多くの一般的な児童心理学者や教育者が認めているとおりです。
ですが、子供がある程度大きくなってからは懲らしめではなく諭しを与えるように勧めています。
よく言い聞かせることが必要であるということです。

すべての状況をご説明するのは難しいですが、JWが児童虐待を推奨しているというのは全くの誤解であり間違いであることをご理解いただければ幸いです。

どんな世界でもそうですが 教えられいる内容を完全に行うことは難しいですね。同様に一部のJWが虐待と取られるような行動をしているならそれは残念なことです。

どうぞ偏見なしに見ていただければ幸いです。

投稿日時 - 2006-04-13 11:21:21

補足

正直、お話の中の矛盾や私の知っている事実との相違は感じましたが、偏見なく素直な気持ちで解釈させて頂きました。

回答者様は最近(ここ数年)エホバの証人(又は経験者か研究生)になられた方であり、所属されている会衆では多数の親が一般的な躾を行っており、児童虐待に当るような躾を行っている親は一部の人である。また、会衆(長老やベテラン姉妹)として普通でない躾や愛のムチ(体罰や虐待)は推奨、指導していない。

と理解させて頂きましたが、よろしいでしょうか。児童虐待の事実が少しでも減っている(無くなっている)様なので、安心いたしました。良かったです。

ただ「子は親に、妻は夫に従う、そして当然全ての者はエホバに従う」の考え方のもと、エホバの証人の女性差別や児童虐待(女性軽視、子供軽視)は完全には無くならないのでは、とも正直思っています。

過去数十年で児童虐待が一番ひどかったのは、1970年代前半です。当時はハルマゲドン(この世の終りで、エホバの証人以外は皆殺しになる)を目前に控え、親もむきになって(体罰を超えた異常な躾、虐待で)子供にエホバの教えを徹底していました。当時に比べれば、確かに良い方向に向かっている様な気はします。

関連して思うことは、当時エホバの証人が「ハルマゲドン」が来るのをもの凄く意識した事、死ぬのが嫌で信者が増えた事ですね。結局ハルマゲドンは来ませんでしたが。そのため1970年代後半以降、エホバの証人を辞める人が多々いたのも事実です。現在ではエホバの証人幹部は、ハルマゲドンの時期について言及言明した事はないと否定していますが、当時、長老やベテラン姉妹等が先頭にたち、会衆一丸となりハルマゲドンが来ると言って、この世の終りに備えていたのは紛れも無い事実です。

このような経緯もあり、現在では「復活」(エホバの力で死んだ人が生き返る事)を希望に、家族が亡くなった方や、親しい方が亡くなった方が、愛する人との再会を楽しみにして入信する場合が増えた様です。

「ハルマゲドン」「復活」「さらなる淘汰」が終り、この世の者が全て抹殺されて、エホバの証人だけの完全なる人だけの楽園を、夢にしているのは今も昔も変わらない様ですが。

投稿日時 - 2006-04-16 19:14:02

お礼

補足欄に色々と記載させて頂きました、回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2006-04-16 19:10:14

ANo.3

#1です

>「してません」と言うのは、私の知っている事実(質問内容)の否定でしょうか?

そうです。

家族・親戚にエホバの証人がいます。同級生などにもいます。

子供の虐待というのはきいたことがありません。
関係者に聞いても推奨はしていませんよ?????

私自身はエホバの証人ではありませんから、外側から見ているわけですが…ニュースなどでも聞いたことがないのですが。

一般的な躾というレベルでなら…普通の家庭と同じですけど。口で言って判る子供にはゲンコツも必要ないわけですから。普通の家庭と変りませんよ?

事件があったのかどうか私は知りませんが、その家庭ではどの宗教であってもその事件を起こしたような気がします。エホバの証人とは別の次元の問題のような気がしますけど…

投稿日時 - 2006-04-10 21:11:06

補足

再度のお答えありがとうございます。

虐待、体罰、躾・・・確かに人により表現は違いますよね。私は客観的に観て、暴力を伴った理不尽な躾→虐待と表現しました。(体罰や一般的な躾とはチョット違う感じです)

一般の子供たちが楽しみにしている様な事はほとんど禁止。逆に普通の子供には必要ない様な様々な事を強制する。これらを実行させる為に暴力も使う。と言う事です。

例えば・・・

お正月、お節句、七夕、クリスマス等の禁止。もちろん自分のお誕生日も祝ってもらえない。普通の子が見たがる様なテレビ(ウルトラマンや仮面ライダーやポケモン等)はほとんど禁止。校歌や国歌は禁止。

週3回(計5時間)の集会への出席。小中学生なら週末、幼児ならばほぼ毎日の伝道。親や兄弟姉妹(一般で言う兄弟姉妹ではなく、信者の事です)との聖書研究。

等々書き出せばきりがありません。集会中(1~2時間)ひたすら無言で、静かに着席(会場によっては正座)している子供達は、私からしてみれば異常で北朝鮮の様です。良い見方をすれば立派に躾けられた子供達ですね。

これらの事を強制する為に暴力(愛のムチ)を振るう。下半身を裸にしてお尻を叩く。手で叩く場合もありますが、一番多いのが大人用の皮ベルトですね。しかも思いっきり力いっぱい5~10発が平均でしょうか。子供のお尻はみみずばれ、血がにじむ事も多々あります。

もちろん急に叩く訳ではありません。集会中の例で言うならば・・・幼児がグズル→口で注意→数分後またグズル→トイレに連れ出し暴力(愛のムチ)→家に帰ってから細かく注意をして、さらに暴力(愛のムチ)

エホバの証人は人前では子供に暴力を振るいません。集会中や家庭内で暴力(愛のムチ)を行います。回答者様がこれらの事実を見聞きされないのは、当然かもしれません。関係者に「虐待してますか」と聞けばもちろん否定するでしょう。彼らにしてみれば子供を幸せにする為の、エホバ(聖書)の教えを徹底する為の愛のムチですから。

上記の様な事を書くと私がエホバの証人が嫌いで、ネット上の掲示板でありがちな、けなし合いや誹謗中傷合戦、論争を望んでるように思われそうで怖いのですが、決してそうではありません。エホバの証人の教えや、数年前までの児童虐待の事実については良く知っていますので。ただ、最近ご近所の方がエホバの証人になられて、子供に暴力を振るうようになったので、相変わらず変わらないのかなぁと思い質問をしてみました。

大人は自由に宗教(エホバの証人)を選べば良いと思います。ただ、それによって人生を左右されてしまう子供達はかわいそうだなぁ、とは思います。

私は、個人としてのエホバの証人は好きです。いまどき彼らほどマジメで勤勉な人達はいませんよね、正直者で嘘つかないし、ズルくないし。回答者様の理論でいくと、彼らは他の宗教やってても良い人だったのかなぁ・・・

長文の為お礼欄には書ききれませんでした、補足欄を使ってのお礼とさせて頂きます。ありがとうございました。

投稿日時 - 2006-04-14 03:27:14

お礼

ココから先は、もしよろしければお付き合いください。

私が記載しました事はまぎれも無く全て事実です。ネット上の噂や浅はかな知識に基づく、いい加減な内容ではありません。

エホバの証人の家庭と一般家庭の子供の躾(方針や方法)は、決して同じではありません。あきらかに異なります。

ご家族にエホバの証人がいらっしゃる様なので、私の記載しました事を話してみてください。彼らは基本的に嘘をつきませんので、事実確認が出来ると思います。その上で私の質問「現在でも上記内容が行われているのか」を聞いてもらえないでしょうか。

現役のエホバの証人の方のお答えを頂ければ、嬉しく思います。

投稿日時 - 2006-04-14 15:03:35

ANo.2

こんにちは。

難しい問題ですね。推奨している・・・と言えば、推奨している事になるのでしょう(部外者から見れば)
教義の中で、「『子供たち』をその行くべき道にしたがって育て上げなさい』」と言う聖句の下、子供を導く為に、懲らしめによって子供に愛を示す事を是として挙げているのですから、それを否としてしまっては、教理に反すると思います。

ただ、それはあくまでストイック性を重んじる宗教なればこそのもので、子供に対しても厳格を求めているだけの事ですから、体罰と言う方が妥当で、虐待とは言えないのではないでしょうか。厳格だった昔のアメリカ(プロテスタント)などでも、子供たちは日常的に、懲らしめの為に鞭打たれる事は、当たり前の事でした。
しかし、そこに「狂信・盲信」と言うベールが掛かった事によって、以前にもあった「エホバの証人」に於けるせっかん死の事件などにも繋がるのだと思います。

宗教は隔離された場所で行うものが多いので、はっきりした事は部外者には何とも言えないのが実情ですが、教理から鑑みて、「体罰は推奨している、しかし、虐待は推奨していない」と見るほうが良いと思います。

投稿日時 - 2006-04-09 15:39:39

お礼

的確なお答え、ありがとうございます。

やはり現在でも虐待(体罰)は行われていて、推奨されているみたいですね、残念です。

家の前の方が、一年ほど前にエホバの証人になりました。以前は無かったのですが、最近子供をたたく音が頻繁に聞こえるようになり、子供の「ママやめて~たすけて~」と言う叫び声を聞くと、胸が痛くなります。

数十年前から数年前までは虐待が現実に行われていた事は現実として知っていましたが、最近の現状はどうなのだろうか、変わっていないのかなぁと思いました。

言葉(虐待、体罰)のご指摘については、主観的なものも関係しますので、人により感じ方や表現が違うという事で良く理解できます。エホバの証人にしてみれば愛(愛のムチ)の様ですし。。。

投稿日時 - 2006-04-10 17:08:12

ANo.1

最初からしてません。

投稿日時 - 2006-04-08 18:34:36

補足

お答えありがとうございます。

ただ、回答者様の回答が私の質問と噛み合っておらず、正直チョット理解できません・・・すみません。

「最初から」と言うのは、
エホバやイエスの事ですか?
アダムとエバのことですか?
ラッセル氏やラザフォード氏の事ですか?

「してません」と言うのは、
私の知っている事実(質問内容)の否定でしょうか?

お答えの真意が良く分かりません。どの様な立場の方で、どの様な根拠に基ずくお話なのか、もう少し詳細をご説明いただけますでしょうか。

お手数をお掛けして申し訳ありませんが、よろしくお願いします。

投稿日時 - 2006-04-10 16:32:45

お礼

私の質問文の表現が分かりにくい(悪い)様なので補足させて頂きます。

エホバの証人は現在でも子供に独特の教育や躾をしていますか、そのための方法として愛のムチ(体罰)を行っていますか。また、会衆(協会)としてそれらを推奨していますか。

この文章であれば誤解を生じないと思います。エホバの証人の方からも、お答え頂けると嬉しく思います。

投稿日時 - 2006-04-16 20:06:57